14.12-42 無力?42
振動とは言っても地震とは異なり、地面の底から揺れていたわけではないようだった。実際、ルシアたちの足下は揺れておらず、揺れていたのは森の木々や草花だけ。そう、命ある森の生物たちだけが揺れていたのだ。……まぁ、一部、エルフも揺れていたようだが、彼女の事は取りあえず置いておこう。
ルシアが地面に叩き付けた緑色の光球の正体。それは、超巨大な回復魔法の球だった。直径は最終的に1kmにまで広がり、この世界の魔法の規模に照らし合わせるなら、低級、中級、上級の枠組みで定義できない、広域殲滅魔法クラスの回復魔法だと言えた。
そんな規模の魔法を受けた森は、直ちに修復を開始する。千切れかかっていた草花は元の姿に戻り、吹き飛んだ木の葉の代わりに新しい葉が芽吹き始める。倒れてしまった木々は、流石に元に戻る事は無かったものの、背の低い木々や、倒れていなかった木々や草花がどんどんと成長し……。森は、瞬きをする間に、元の緑色を取り戻した。
……しかし、それだけで終わらないのがルシアの魔法である。町数百個を軽々と蒸発させるほどのエネルギーを転化させて作られた回復魔法は、単に森を回復させただけで終わりではなかったのだ。
ズズズズズ……
元の森の姿を越えて、さらに成長を続けたのだ。
凄まじい速さで背を高くしていく木々や草花を前に、ルシアは「あー」と困ったような声を零してから、テレサに向き直って、こう口にする。
「ちょっとやり過ぎちゃった。てへっ☆」
「てへっ☆ではないわ!早く止めるのじゃ!」
「んー、まぁ、その辺分かってると思うけど、私には止められないから、後はテレサちゃん、お願い!」ぼふっ
ルシアがその場でくるりと回り、自身の尻尾をテレサの顔に叩き付ける。すると、コルテックスの魔道具を介して、ルシアからテレサに魔力が流れ込み、テレサの尻尾が3本から急激に増え始めた。
それからルシアは、再び半分だけくるりと回り、鼻血を出しているテレサの様子を見て、満足げに言った。
「これでいいよね?」
「……ア嬢から尻尾を叩き付けられることが対価だと思っておるかの?」
「えっ……すっごい満更でも無さそうな顔をしてるけど?」
「?!そ、そ、そ、そんなわけなかろう?!妾は怒っておるのじゃ!ア嬢は反省しておるのか?!」
「反省はしてるよ?でも、放っておいたら、また森を消し飛ばさなきゃならなくなるじゃん。それは可愛そうでしょ?」
「森を壊して治し、また壊すとな……。同情するのじゃ……」
テレサは森の姿と誰かの姿を重ねたのか、生い茂る森に向かって遠い視線を向けた。それから、鼻から垂れる液体にハンカチを当て、周囲によく聞こえるような大きな声を上げた。
「『ア嬢の回復魔法よ、消え去るが良い!』」
それはテレサの言霊魔法。彼女が声に魔力を乗せてそう口にするだけで、周囲の森は成長を止めて、振動も消え去った。どうやら、ルシアの回復魔法の効果は停止したらしい。
「やっぱり、便利だよね。テレサちゃんの魔法」
「お主も自分で出来るようになったらどうなのじゃ?」
「んー、言霊魔法と転移魔法だけは、何回やっても上手くいかないんだよね……。あと、闇魔法と」
「……いや、闇魔法が上手くいかないのはおかしいじゃろ。お主の存在自体が——」
「うん?何か言ったかなぁ?」ゴゴゴゴゴ
「……なんでもないのじゃ」
ルシアが背中に何かドス黒いものを纏っているような気がしたテレサは、そのまま閉口した。それから彼女は、ルシアからスッと視線を逸らして、ミレニアたちの方へと向ける。
そこでは、ミレニアとジャックが、ぽかんと口を開けたまま固まっていて、まるで石化の魔法でも受けたかのように微動だにしていなかったようである。なお、ルシアやテレサが使える魔法の中に、石化の魔法は存在しない。
一方、ハイスピアの方は、普段通り動いていて(?)、ユラユラと身体を左右に揺らしていたようだ。普段と違う点は、ただ揺れているのではなく、まるで幼女のように、キャッキャと嬉しそうな声を上げて燥いでいる点だろうか。どうやら、精神が本格的に壊れてしまったらしく、幼児退行してしまった様子だ。
「……これどうするのじゃ?」
「ハイスピア先生のこと?やっぱり……記憶を消すしかないんじゃないかなぁ?」
森を元に戻した(?)ものの、新たな課題が生じた事で、ルシアとテレサは揃って頭を抱えた。
……なお、この時彼女たちは、とある問題が現在進行形で進んでいることに気付いていなかったようである。というのも、使い勝手が良いと思われたテレサの言霊魔法には、一つ大きな欠点が存在したのだ。
に、二月……じゃと?!




