14.12-38 無力?38
マリアンヌへの治療は、本人への最終確認をする事なく、決行されることになった。治療の内容は、魔力の生成を増加させる遺伝子治療。注射を一本刺すだけで終わりだ。
しかし、注射器というものを知らなかったマリアンヌは、針のようなものがついたシリンジを見た途端、ただでさえ顔色が悪かったというのに、尚更に顔を青ざめさせていたようである。その際、彼女は、「やっぱり止めますわ?!」と、治療の中止を懇願していたようだが、その場における絶対強者たるカタリナを前に為す術無く……。無理矢理注射を打たれることになったのである。
……なお、マリアンヌが見た注射器は使用済みのもので、彼女が慌てふためいていた時点で、すでに施術は終わっている状態だったりする。
◇
ワルツとカタリナが、マリアンヌの治療(?)をしている間、コルテックスとアステリアは、リビングで大人しく治療が終わるのを待っていたようである。
ただ、アステリアとしては何を話して良いのか分からず、静かに佇むコルテックスを前に、内心で狼狽えていたようだ。
「(コルテックス様と、どんなお話をすれば良いんでしょうか……)」
自分は元奴隷。対するコルテックスは、ドレスのような礼服を来ていて、まるで貴族のよう。ゆえに、アステリアにとって、コルテックスに話しかけるという行為は、貴族に話しかけるようなものに感じられていて、なかなか話しかけられなかったようである。
話しかけられない理由はそれだけではない。話しかけようにも、会話を続けられるような、共通した話題が無かったのだ。コルテックスと顔を会わせたことは、片手で数えられる程度しか無く、会話をしたことも1、2回程度しか無かった。コルテックスがどんな趣味を持っていて、どんな性格をしていて、どんなことに興味があるのか……。アステリアには何一つ分からなかった。
しかし、無言でいるのもどうなのだろう……。いい加減、何か話すべきではないか……。ここは、ありきたりな内容で天気のことでも——、
「(あっ……ここは地下なので、天気が分からないです……)」
——天気のことでも話そうかと思ったが、話題に出来ず……。結局、無言の時間だけが流れていくことになる。
そんな中でアステリアは、ふとこんなことを考えてしまう。
「(きっと、私とは違って、コルテックス様は、すごいことを考えているんでしょうね……)」
アステリアが、会話の内容を選んでいる間、コルテックスもまた無言だった。そんなコルテックスが何を考えているのか、アステリアには分からなかったが、世間話の会話の内容すらすぐに出てこない自分とは違って、きっと国や世界を動かす方法など、すごいことを考えているに違いないなどと、彼女は予想を立てていたようだ。
そんなアステリアが、コルテックスの方を振り向く。コルテックスがどんな様子で考え事をしているのか、ふと気になったらしい。
すると、そこにいたコルテックスが——、
「む?何かの?」
——服装はそのままに、どこかの誰かにそっくり——どころか、本人としか思えないような問いかけを返してきたようである。
「えっ……テレサ様?」
「ほう?アステリア殿には、妾のことがテレサに見えるのかの?」
「服装と尻尾以外はテレサ様ですよね?なんていうか、テレサ様がコルテックス様の服を着たっていうか……。でも……なんか違……あっ!」
アステリアは何かに気付いた様子で、目を見開いた。そんな彼女の反応に驚いたのか、コルテックスは普段の喋り方に戻る。
「えっ……何ですか〜?」
「ゲッソリしてないので、やっぱりテレサ様じゃないです!」
「……あれは妾のアイデンティティーですからね〜。さすがの私でも、あれだけは真似できません」
「ってことは、やっぱりコルテックス様なんですね?」
「えぇ、実は暇なときにやっているのですよ〜。どうすれば妾と替え玉ができるかを考えながら、テレサの真似をね〜」
「なぜそのようなことを……」
「話せば長いのですが〜……まぁ、要約しますと、ミッドエデンには、仕事をしろ仕事をしろと口うるさい人たちばかりがおりまして、そんな人たちから逃れるために、変装を活用できないかと考えているのですよ〜。特に私の場合は、妾と身体が同じ〜……まぁ、双子みたいなものでしてね〜?テレサの真似をすれば、皆の監視を掻い潜って逃げることが出来る思うのです」
「そ、そのようなことを考えられていたのですね……」
コルテックスの思考の一端を知ったアステリアは、内心で頭を抱えた。コルテックスの思考が、明後日の方向過ぎて、頭が痛くなってきたのだ。
そのおかげか——、
「よろしければ、少しお話しをさせていただけませんか?コルテックス様」
——アステリアは、無事に会話を切り出すことが出来たようである。コルテックスがどんな事を考えているのか、どんな会話なら継続するのか、予想するだけ無駄だと察したのだ。
対するコルテックスも、アステリアの提案を否定するようなことはせず、二人は、ワルツたちが戻ってくるまでの間、楽しげに会話をしたのである。ただ、その内容は、特別教室のクラスメイトたちについてのことがメインで……。特に、コルテックスは、ミレニアについて興味があるようだった。




