6前前-14 ボレアス帝国首都ビクセン3
E=1/2mv^2
これは古典物理学において、運動する物体が持つエネルギーを算出するための公式である。
さて、ここに、魔王城が吹き飛ばされた際に生じた、1個あたりおよそ500kgにも及ぶ複数の石塊が、放物線を描いて、ビクセンへと落下しようとしている。
地面に到達する際の最高速度は250km/h、といったところだろうか。
つまり、地面に落下する瞬間の石塊のエネルギーは、およそ15.6MJ。
完全にエネルギーを取り出せたとするなら、1tの水を3.7度発熱させるのに等しいエネルギーである(37kgの水で100度)。
・・・ではここで問題である。
体重70kgの成人男性に、そんな石塊が当たるとどうなるのか。
・・・答えは、『痛い』で済まないということだ。
「うわぁぁぁ!!」
「も、もうダメだ・・・」
「こ、ここでもかっ?!」
空から押し寄せる瓦礫の雨を前に、大混乱に陥る人々。
先程まで避難先の迷宮にいたというのに、次の瞬間には廃墟になった町の中で、突然命の危機に晒されたのである。
まさに、寝耳に水状態ではないだろうか。
・・・まぁ、正確にはそういうわけでもないようだが。
そんな中、一つの石塊が、地面にへたり込んでいた、まだ幼い町娘の元へと真っ直ぐに近づいていた。
「っ!」
なんとか避けようとするも、腰が抜けてしまい、立つことの出来ない少女。
「た、助けて・・・」
少女の眼から見えていた青い空は急激に灰色で覆い尽くされ、お使いや友たちと走り回っていた町並みも同時に見えなくなっていく。
必死に手足を動かして避けようとするも・・・強張って思い通りに動かない身体では、周りに手助けをしてくれる者がいない以上、最早石塊から逃げる術は残されていなかった。
目の前が灰色に塗りつぶされたなら・・・次に見える景色は赤色ではなく・・・黒かもしれない。
少女は迫り来る石塊を前に、そんな事を考え・・・・・・強く眼を瞑ってから、最後に喉の奥から絞りだすようにして言葉を口にした。
「助けて・・・魔王さま・・・!」
ドゴォォォォン!!
そして、そんな音が辺りから鳴り響いた・・・。
・・・ただし、その音を聞いたのは・・・少女自身の耳からだったが。
「わ、ワルツ様!落ちるなら、落ちると言って下さい!死ぬかと思いましたよ・・・」
爆音の後に、小さい頃から聞き慣れた女性の声が、少女の耳に入ってくる。
「いや、だってさ?なんか小石が人にぶつかりそうだったし、救える命は救わないと目覚めが悪いし・・・っていうかそうじゃないとカタリナに顔向け出来ないし、呪われそうだし・・・」
「お姉ちゃん・・・カタリナお姉ちゃんのこと、どういう風に考えてるの・・・?」
「・・・研究の虫」
「・・・うん・・・そうだね・・・」
今度は、知らない女性たちの声が聞こえてきた。
もしかしてここは、向こう側の世界かと思いながら、少女が恐る恐る眼を開けると・・・
「・・・立てますか?もしも立てるなら、急いで安全なところに避難して下さい」
・・・いつか、自分もそうなりたいと願っていた憧れの魔王が、自分に対して手を差し伸べていたのである。
「・・・これ、集めたはいいけど、どうしようかしら?」
ビクセンの街に落ちようとしていた瓦礫を全て受け止めたワルツが、ルシアに問いかけた。
「吹き飛ばせばいいの?うん、いいよ」
ドゴォォォォン!!
・・・言葉を放ってから、間髪入れずに魔力粒子ビームを放つルシア。
「・・・なんか、チャージ時間が無くなったんじゃない?」
「うーん・・・よく分かんない!」
「あ、そう・・・」
その有り余っている魔力を少しでもリアに分け与えることができれば、彼女が全快するかもしれないわねー・・・、などと思いながら、ルシアの魔力に呆れ顔をみせるワルツ。
ともあれ、瓦礫の処理は、蒸発させるという形で難なく終了した。
「さてと、じゃぁ、次はあの面倒そうな生き物ね・・・」
「なんか気持ち悪いね・・・」
まるでヤツメウナギのような口(検索する際は閲覧注意)を持った生物に、ルシアは率直な感想を口にする。
「なんなんだろうね?あの魔物」
「さぁ・・・。アレじゃない?迷宮から出てきた新生物。そうだとすれば、カタリナ辺りは、喜んで解剖を始めそうね・・・」
「うわぁ・・・」
どうやらルシアは、どこか暗い笑みを浮かべながら喜々として生物を切り刻むカタリナの姿を想像したらしく、心底嫌そうな表情を浮かべた。
「で、あれ、倒しちゃっていいのよね?」
いざ倒してみたら、天然記念物でしたー、などということにならないように、念のため国のトップに聞いてみるワルツ。
「えっ・・・あんなの・・・どうやって倒すんですか?」
ユキの方は、全長1km近い魔物を相手に、一体どうやって戦うのか、全く予想がつかない様子だった。
恐らく彼女の頭の中は、戦うことではなく、如何にして市民を逃すかということで一杯なのだろう。
「え?簡単じゃない。ルシア?なんか、保護動物とかじゃ無さそうだからやっちゃっていいわよ」
「え?いいの?」
「できれば一番シンプルで無駄のない方法でお願いね」
「う、うん・・・」
姉から戦闘許可をもらったことに一瞬笑みを浮かべたルシアだったが、思いの外、難しいの注文が付いてきたので、結局険しい表情を浮かべるのだった。
だが、悩んでいる間にも、巨大生物が次の行動に出ないとも限らないので、彼女は今思いつく限り最も無駄の無い方法で倒すことにする。
「・・・じゃぁ、これかな?」
ドゴォォォォ!!
周囲一帯を、巨大生物のいる方向に向かって、強風が流れる。
・・・ただし、ルシアが風魔法を使ったわけではない。
転移魔法を行使して、巨大生物を移動させたのである。
その際、生物がいなくなったおよそ150Mリットルもの空間に一気に空気が流れ込む、所謂爆縮が起ったのだ。
では、その巨大生物はどこへと消えたのか。
ドゴォォォォン!!
・・・まだ高い西日を覆い隠すようにして現れた巨大生物。
彼(?)は、嘗てルシア自身が吹き飛ばした畑の上空約2000mへと転移させられたのである。
要するにルシアは、余計な魔力は使わずに、落下させることでダメージを負わせようと考えたのだろう。
・・・さっくり計算すると、今なお落下状態にある巨大生物が地面に落下した場合、TNT換算でおよそ47kt分の位置エネルギーを放出することになるだろうか。
言い換えるなら、ルシアが嘗て放った魔力粒子ビーム(?)並の破壊力かそれ以上のエネルギーを地面に・・・
「ちょっと待って、ルシア!それ拙い!」
10Gtにも及ぶの質量兵器が地面に落下した際に起こるだろう現象を想像しながら、ワルツは叫んだ。
「せめて・・・えっと・・・300m以下の位置に転移させないと、前にルシアが使った魔法よりも酷いことになるわよ!」
「えっ・・・!?」
姉の指摘に、驚愕の表情を浮かべるルシア。
「じゃ、じゃぁ、すぐに・・・」
そう言ってルシアは、魔物に向かって手を向けた。
グォォォォォ!!
そんな鳴き声とともに、魔物が再び消える。
「えっ・・・?」
そんな魔物の様子に、どういうわけか、疑問の声を上げるルシア。
「・・・どうしたの?」
「・・・勝手に消えた」
「えっ・・・」
どうやら、ルシアが転移魔法を使ったわけではないらしい。
・・・そして、魔物が再び現れた場所は・・・
グォォォォォ!!
・・・ワルツたちの直上、1000mの場所であった。
最近、妾のおやつがルシア嬢に奪われる事案が多発しておるのじゃ。
クッキーを作ると、オーブンから出す前に消え・・・
アメを舐めていると、袋の中からメロン味以外が消え・・・
お煎餅を買ってくると、封を開けてないのに中身が消え・・・
・・・なのに、太らないあやつの体質が羨ましいのじゃ・・・。




