14.12-26 無力?26
ライアンは警戒した。最大限の警戒だ。その少女がどんな人物なのかは詳しく知らなかったものの、彼女と似た獣人であるテレサが、トンデモない馬鹿力(?)を発揮したことも理由の一つである。
しかし、警戒した何よりの理由は——、
「ア嬢?魔法を使ったらダメじゃからの?」
『ダメですよ?思いっきりやったら』
「えっと……頑張らない程度に頑張って下さい!」
「肉塊になった人間って、元に戻せるのかしら……」
——ルシアの周りにいた学生たちが、彼女の事を必死に止めるかのような発言を繰り返していたためだった。しかも、その発言を口にしていたのは、ここまでライアンが、ただ者ではない、という判定を下した者ばかり。安心できる要因が、何一つ無かったのである。
そしてトドメは——、
「もう!私、そんな事しないし!」
「……大陸を真っ二つに叩き割ったのは誰かの?」
「あれは……事故だもん!」
——まるで大陸を剣で叩き斬ったことがあるかのような発言である。流石に、内容が飛躍しすぎていたこともあり、ライアンは本当の話だとは思わなかったものの、しかし、それに近い何かをしたのだろうとは考えたようである。……ちなみに、ルシアは大陸を斬ったわけではなく、戦闘中に自分たちの身を咄嗟に守ろうとした結果、危うく大陸を拭き飛ばしかけただけである。
まぁ、それはさておき。
「えっと、ルシアです。よろしくお願いします!」ぺこり
前に出たルシアは、木剣を構えながら、名乗りを上げる。正しい作法としては、木剣を構える前に名乗ってから、木剣を構えるべきだが、どうやら彼女なりに緊張していて、挨拶の順番を間違ってしまったらしい。
対するライアンに作法を気にした様子はない。彼はこの時、人知れず必死だったからだ。
「……ルシアちゃん。俺が見たいのは、ルシアちゃんがどのくらい剣に精通しているのか、と言う点だけだ。皆が何やら心配しているようだが……怪我人が出たりはしないよな?」
誰が怪我をするのか、とは言わず、問いかけるライアン。騎士科の教師である以上、自分が怪我を負わされる、とは言えなかったらしい。
対するルシアは、コテンと首を傾げた。
「んー、怪我はしないかなぁ?すぐに回復魔法で治すので」
「えっ……そ、それってつまり、怪我をするって言うんじゃ……」
「大丈夫です!回復魔法を掛けながら攻撃すれば、怪我をするのと同時に治るので、怪我にはなりません。ちょっと痛いかも知れないですけど、一瞬ですよ!」にこっ
その言葉を聞いて、ライアンは確信した。
「(こ、こいつ、ヤバい奴だ……!)」
と。その際、約一名が、ウンウンと頷いていたのは、ライアンの内心を察したからか、あるいはルシアの発言に同感だったからか……。
ライアンがルシアとそんなやり取りをしていると、彼の視界の端の方にいた学生たちが、何故か、後ろに下がり始める。特に率先して下がっていたのは、昨日、ルシアたちと共にラニアの町に行った学生たちだ。ルシアの魔力を知っている者たちが、最悪の事態を想定して距離を取り、それに合わせるように他の学生たちも移動を始めたのである。
「(えっ?!)」
逃げていく学生たちを見たライアンの中で、心配の二文字が急激に膨れ上がっていく。
「(そ、そんなにヤバいのかっ?!)」
まるで、爆発物から逃げるかのような生徒たちの行動を見ている内に、いよいよライアンの中で心配が恐怖に変わり始めた。
「(打ち込みを止めるべきか?!いや……ここまで全員、受けてきたじゃないか!ルシアちゃんだけ打ち込みを止めるっていうのは……し、しかし、それで怪我をしては……)」
そう考えた後、はっ、と何かを思いだしたような表情を浮かべた後、今度は大きく深呼吸をして……。そして心を決めた。
「(……そうだ。落ち着け俺。気を抜かずに受け止めれば良いだけじゃないか。ここまで慢心があったから、受け止められなかったんじゃないか?……あぁ、そうだ。俺の今日までの努力は、嘘でも偽りでもないはずだ!)」
ライアンは冷静さを取り戻した。彼はかつて、レストフェン大公国軍で騎士をしていたのである。それも、中隊長クラスの実力者であり、対人戦では、ほぼ負け無しと言えるくらいの実力を持っていたのだ。
一方の相手は、ただの子ども(?)。もしも相手が剣術を嗜んでいて、強烈な一撃を放てるほどの実力があったとしても、経験の差は歴然なはずなのである。客観的に見ても、必要以上に警戒するというのは間違っていると言えた。
ゆえに——、
「……来い!」
——彼は選択を誤ってしまう。
一同「ああ……うん……」




