14.12-14 無力?14
いつもよりも学生の数が増した学院の中を、ワルツたちはテレサの幻影魔法によってできるだけ目立たないように気配を消しながら、自分たちの教室へと向かって歩いていく。その途中で、一部の学生が、気配の薄いワルツたちに何となく気付いて、首を傾げたようだが、結局、その人物もワルツたちの姿を知覚することはできず……。ワルツたちは、誰にも話しかけられること無く、自分たちの教室前へと到着する。
教室に入る直前、ジョセフィーヌだけは別れることになった。彼女の行き先は教室ではなく、学院長室であり、入学試験の結果を聞かなければならないからだ。
「で、では、行ってまいります」
「そんなに気を負わなくても、大丈夫よ」
どこか緊張している様子のマリアンヌを見送った後で、ワルツたちは自身の教室に足を踏み入れた。
教室の中に、生徒はいなかった。ただ、だれもいないというわけでもなく、珍しい事にハイスピアの姿があって、彼女は教壇で重々しそうな雰囲気を漂わせながら、何やら考え事をしていたようである。教室の扉を開けても気付かないほどなので、よほど深く考え込んでいるのだろう。
そんな彼女は、教室に誰もいないと考えていたためか、ボソボソと何やら独り言を呟いていたようである。
「私の取り柄…………先生を続けていい理由…………もうダメかも知れない……」ゲッソリ
どうやら、彼女は、特別教室の担当教師でいる事に、不安を感じているらしい。彼女が企画した最初の授業で、いきなり大きく失敗(?)してしまったことが、精神的な負担として心にのし掛かっているようである。
そんなハイスピアの事が心配になったのか——、
「あの、ハイスピア先生?」
——と、ルシアが問いかける。彼女から見て、今のハイスピアの姿は、まるでアンデッドのよう。俯いていたせいで、長い髪が顔を隠すように降りていて、暗い部屋の中で会ったなら、誰しもがトラウマを植え付けられそうな、そんな雰囲気を纏っていたのである。
対するハイスピアとしては、考え込んでいたためか、ルシアの声を聞いた直後——、
「うひゃっ?!」びくぅ
——と電流でも流れたかのように、驚いて飛び跳ねてしまう。その際、彼女の変身が解けて、エルフ特有の耳が顔の左右でピンと跳ねてしまったようだが、慌てすぎていたためか、彼女に気付いた様子は無かった。
「ル、ルシアさん?!って、皆さんもいつからそこに?!」
「先生!耳!耳!」
「耳?……ああっ?!」
ルシアの指摘を聞いたハイスピアは、自身の耳に触れて、そして変身が解けていることに気付き、慌てて変身魔法を行使した。この国、レストフェン大公国においては、人族以外の種族の人権は認められていないので、彼女は何が何でも自分の正体を隠さなければならなかったのである。そうしなければ、彼女は、教員という職を失い、下手をすれば奴隷にならなければならないからだ。
それから、自身の耳が人のような丸い耳に変わった事を確認した後で、ハイスピアは恨めしそうな視線をルシアたちへと向けた。
「もう!皆さんたら!先生のことを驚かせるなんて、酷いではありませんか!」
その抗議に対し、ルシアが返答する。
「いえ、違います、ハイスピア先生。普通に教室に入ってきても、先生に気付いてもらえなかったので、話しかけただけです」
「そ、そんなはずは……」
と、少し前の事を思い出そうとするハイスピアだったものの、考えれば考えるほど、ルシアの指摘通りな気がしてきたようである。ルシアの指摘の通り、考え込むあまり、周りが見えなくなっていたのは事実。それほどまでに、ハイスピアが抱える悩みは、深いものだったのである。
一方、ルシアも、内心では「あっ!」と声を上げそうになっていたようである。よくよく考えてみると、生徒たちの認識を阻害するために、テレサの幻影魔法を使って教室へとやってきたのである。その認識阻害が教室の中でも有効だったとすれば、ハイスピアは自分たちに気付かなくてもおかしくない……。その事実に気付いたのだ。
結果、ルシアは慌てて自分の発言を補足しようとするのだが——、
「……ごめんなさい」
ハイスピアの言葉の方が、幾ばくか早かったようである。
「えっと……えぇ、そうですね。確かに、考え込みすぎていて、ルシアさんたちが教室に入ってきたことに気付けなかったかもしれません。それなのに文句を言ったりして……ごめんね?ルシアさん」
「えっと……はい……なんというか、こちらもすみません……」
ルシアの謝罪は、それが精一杯だった。幻影魔法を使っていたという説明すると、話が捻れてしまうような気がしたらしい。今更感はあるものの、学院内で必要も無いのに魔法を行使するというのは、実は校則違反。今までは、証拠が掴めなかったこともあり、有耶無耶になっていたが、ここでテレサの魔法のおかげで気配が無くなっていた、などと自白すれば、テレサが処分を受ける可能性は否定できなかった。
「(ん?バレても、別に良いのかなぁ?)」ちらっ
「……何かの?」
「……別に」
テレサから返ってきたジト目を撥ね除けて……。そしてルシアはハイスピアに対して問いかけた。
「あの、先生?どうかされたのですか?何か、とても悩まれているというか……」
一体、何をそこまで悩む必要があるのか……。ルシアが問いかけると、ハイスピアは「それは……」と、口にして一旦黙り込んだ後で、心の内をゆっくりと吐露し始めたのである。




