14.12-09 無力?9
ゲッソリとした表情のマリアンヌが1階にあるリビング兼ダイニングへと降りていくと、そこには自分の城に帰ったはずの大公ジョセフィーヌがいて、皆と仲良よさげに喋りながら、朝食が並ぶのを待っていたようである。朝食を摂るためなのか、それとも他に何か理由があるのかは不明だが、何か理由があってワルツたちに会いに来たらしい。自身の城に設置された転移魔法陣を使って、一人独断でやってきたのだろう。彼女に護衛らしき人物が付いていないのが、何よりの証拠だ。
そんなジョセフィーヌの他にも、部屋の中には見かけない人物がいて、食卓の椅子に腰を下ろしていた。頭から尖った狐耳と、腰からはフサフサの尻尾を生やした、銀色の髪の少女だ。一見するとテレサにそっくりだが、目つきが悪くないところを見る限り、テレサではないのは明白だった。そもそも、テレサは別の椅子に座っていたので、別人なのは明らかなのだが。
「おはようございます……」
もしや、テレサの姉妹だろうか……。そんなことを考えつつマリアンヌが皆に向かって声を掛けると、皆から挨拶が返ってきたわけだが——、
「これはこれは〜。お初にお目にかかります。貴女がマリアンヌ様ですね〜?」
——見知らぬ人物も声を掛けてきた。
「はい……確かに私はマリアンヌ。マリアンヌ=ローゼハルトですわ?あなたは……」
妙に間延びするしゃべり方だ、と思いながら、マリアンヌは問いかけた。
すると、その人物は自分の事をこう説明する。
「私はコルテックスです。妾〜——つまり、テレサの妹みたいなものです」
「そう……なのですね」
「えぇ〜、そうなのですよ〜。ミッドエデンでは、議会の議長を務めております」
「はあ……」
いったいどこの議会の議長なのか……。自己紹介の内容が、まるでそのしゃべり方のようにどこか抜けているコルテックスを前に、マリアンヌは反応に困った。
それはワルツも同じだったらしい。ちゃんと説明しない妹を前に、彼女は呆れた様子で溜息を吐くと、妹に変わって補足の言葉を口にする。
「説明が分かりにくくて申し訳ないのだけど、この娘はウチの国のトップよ?見た目、そんな風には見えないかも知れないけどさ?」
「えっと……トップ?」
「えぇ、ミッドエデンで一番偉い人」
「…………え゛っ」
マリアンヌは卒倒しそうになった。朝起きたら一国の主が、自宅(?)で朝食を食べようとしているという状況が受け入れられなかったのだ。
ただ、彼女は、ふと冷静になる。よくよく考えてみれば、すぐ近くにも一国の主——もといジョセフィーヌがいたからだ。
結果——、
「……これは失礼いたしました。今後ともよろしくお願いいたしますわ?」
——彼女は考えるのをやめた。この家にいる以上、どんな人物が訪ねて来てもおかしくない……。そう考えると、一々考えるのが馬鹿らしく思えてきたらしい。
対するコルテックスは、順応性の早いマリアンヌの反応に好印象を抱いていたようである。
「こちらこそよろしくお願いしますね〜?しかし〜、マリアンヌ様は、何と言いますか、肝が据わっていらっしゃるようですね〜?動じられているようには見えませんでした〜。そのような反応をされる方にお会いしたのは初めてです」
コルテックスがそう口にすると、今度はルシアが反応する。
「まぁ、マリアンヌさんは、皇女様だから、元々耐性があるんじゃないかなぁ?」
「そうなのですね〜」
と、恐らくはマリアンヌのことを知っているはずだというのに、ルシアの言葉に相づちを打つコルテックス。
それから彼女は何を思ったのか、マリアンヌに対してこんなことを問いかけた。
「でしたら〜、学院に行くまでの間でよろしいのですけれど、マリアンヌ様のお国についてお話を聞かせてはいただけないでしょうか〜?」
「私の……国の話ですか?」
「えぇ、えぇ〜。私たちミッドエデン人は、どうにも出不精で、大陸の外側のことをまったく知らないのですよ〜。そこにある文化も、歴史も、そして国家も〜。ですから、ぜひ教えて頂きたかったのです。私たちの大陸の外にどんな世界があって、そしてどんな国があるのかを〜」
そう口にするコルテックスの言葉に、マリアンヌは悪意のようなものは感じ取れなかった。むしろ、純粋な興味を持って質問してきているようにすら感じられていたようである。
結果、マリアンヌは、さきほど2階で起こった出来事を一旦思考の片隅に追いやって、エムリンザ帝国についての説明をしようかと考えたようである。しかし、彼女はその説明を口にすることが出来なかった。
「あぁ、そうでした〜。その前に一つ聞いておかなければならないことがありましたね〜」
コルテックスがそんな前置きを口にしてから——、
「どうして〜……私の半身であるテレサに抱きついたりしたのでしょうか〜?しかも、あろうことか、魔力を吸い取ったという話ではありませんか〜?」ゴゴゴゴゴ
——笑みを浮かべたままで、身体からなにやら真っ黒なオーラのようなものを染み出させ始めたからだ。




