14.12-08 無力?8
テレサは、ベッドから急に伸びてきたマリアンヌの手に反応できず、彼女に引っ張られて、ベッドに押し倒され、そして抱きつかれてしまった。凄まじい力だ。人よりも遙かに重いはずのテレサが、一切、抵抗できずに引っ張られるほどの力だ。身体強化、あるいはそれに類する魔法が使われたようである。
しかし、テレサとしては、自分がベッドに引き込まれたことなど気にならないほど焦っていたようである。身体の中から急速に魔力が引き抜かれていく感覚に襲われていたのだ。……いや、正確に表現するなら、身体から魔力を引き抜かれていたというのは適切ではなく、身体を介して尻尾から魔力を引き抜かれていたと言うべきだろう。なにしろ、機械であるテレサは、体内に魔力を溜めることは出来ず、魔力は尻尾に溜められているからだ。
とはいえ、魔力を根こそぎ吸われてしまったわけではなく、彼女の残り1本になった尻尾が失われてしまう、という展開にはならなかったようだ。
「はぁ……若返りますわ!」
「……なんだか、老けた気がするのじゃ……」げっそり
マリアンヌに吸われたのは、精気でも若さではなく魔力だったのだが、テレサはゲッソリとした表情を浮かべた。
その直後の事だ。
ドゴォォォォッ!!
部屋の中に途方もない魔力の濁流が吹き荒れる。
「テレサちゃんを返して!……じゃなくて、離して!」
ルシアの魔力だ。彼女は、テレサがマリアンヌによって羽交い締め(?)にされたのを見て、激怒したのである。
対するマリアンヌは、絵に描いた魔女のような怪しい笑みをルシアへと向けるのだが……。どういうわけか一瞬で、その表情を変えてしまう。具体的には驚愕の表情へと。
「はっ?!」
マリアンヌは慌てて、テレサを解放した。そして、何故か、ベッドの上で後ずさりを始める。
「ポ、ポテ様だと思ったのに……」がくぜん
「「『……は?』」」
「……申し訳ございません!」
マリアンヌはそう口にして、慌ててベッドの上で頭を下げた。いわゆる土下座だ。
そんなマリアンヌの姿を見たテレサたちは、意味が分からず、お互いに顔を合わせた。特に、ポテンティアに対し、テレサとルシアの視線が集中する。3人の中で、マリアンヌと一緒にいる時間が一番長いのは、ポテンティアであり、彼なら何か事情を知っているのでは無いかと考えたのだ。
ところがポテンティアは、お手上げ、と言わんばかりに首を横に振った。彼も事情は分からなかったらしい。
その代わり、彼は、マリアンヌに向かって問いかける。
『一体、何があったというのですか?』
頭を下げるマリアンヌに問いかけると、彼女はそのままの体勢で事情を説明した。
「た、体質的に、誰かから定期的に魔力を貰わないと、とても具合が悪くなってしまうのですわ……」
マリアンヌがそう口にすると、テレサが納得げに相づちを打った。
「なるほど。じゃから、先ほどマリアンヌ殿を触ったとき、死体のように冷たくなっておったのじゃな?」
「はい……。ずっと魔力を貰わないとどうなるのかは分かりませんけれど……恐らくは——」
『死んでしまうかも知れない、と言うわけですね』
「はい……」
『だから、僕から魔力を吸い取るために添い寝を希望した、と』
ポテンティアは悟った。マリアンヌは、ポテンティアのことを好いていて添い寝を希望したというわけではなく、彼の魔力を吸い取ろうとして添い寝を希望したのだ、と。
しかし、ポテンティアが考える限り、それは無理なことだった。
『しかし、マリアンヌさん。残念ですが、僕から魔力を引き抜こうとしても、不可能だと思いますよ?だって、僕の身体には、恐らく魔力は存在していないのですから』
ポテンティアもテレサと同じく機械の身体なのである。テレサとは異なりマイクロマシンの集合体とはいえ、活動に魔力を使っているわけでもなく、また魔法を使えるわけでもなく……。魔力を吸収出来る可能性は限りなくゼロに近かった。
ところが、そんな彼の言葉を、マリアンヌは否定する。
「違う……違うの!ポテ様!私はあなたのことが……あなたと一緒になら——」
と、マリアンヌが何かとても大切そうなことを言おうとしたところで——、
「……はっ?!」
——突然、ルシアの耳と尻尾がピンと立ち上がる。
「お寿司の気配がする!」ガッ
「は?いや、妾、歩けるのじゃが?」ずるずる
ルシアはテレサの肩を鷲づかみにすると、テレサの事を引きずったまま、部屋から出て行ってしまった。どうやら、ミッドエデンからの配達物が届いたらしい。
結果、ポテンティアとマリアンヌだけがその場に取り残される形になったわけだが、ポテンティアもまた——、
「ははは……。あの2人には困ったものですね。マリアンヌさんもそろそろご飯なので、お着替えをして下まで降りてきて下さい」
——その場に居たたまれなくなったのか、マリアンヌの部屋を後にした。
結果、マリアンヌはその場に取り残されることになったのだが……。彼女が部屋から出てくるのに、かなりの時間を要することになったのは、言うまでもないだろう。




