14.12-01 無力?1
アステリアの朝は早い。奴隷だったころに朝早く起きることを強いられてきたので、それが身体に染みこんでいたから、というのもあるが——、
「……はぁ」
——彼女は悩んでいたのである。それも寝付けないほどに。
やつれた様子で起きてきたアステリアは、何気ない様子で食卓に座るのだが……。そんな彼女に声を掛ける者が現れる。つまり、アステリアよりも朝が早い人物がいたのだ。
「おはようかもだし!アステリア様!」
未だ自宅に帰れなかったイブが、朝食の準備をしながらアステリアに声を掛けたのだ。
「イ、イブ様?!え、えっと……お、おはようございます!あと、私の事はアステリアと呼び捨てにして下さい!身分が……その……違いますので……」
「うん?身分?イブが誰かの名前を様付けで呼ぶのは、身分を気にしてるからじゃなくて、イブの性分だからかもだよ?」
「え゛っ」
「ところで気になったかもなんだけど、アステリア様は何で溜息を吐いてるかもなの?イブで良かったら、相談に乗るかもだけど?」
「…………」
名前の呼び方をまったく気にしていないイブを前に、アステリアは対応を悩んだ。本当にこのまま喋って良いのか、喋ったら不敬にあたるのではないか……。イブが遠い国の皇女であることを聞かされていたアステリアは、そんな不安に襲われてしまう。
しかし、結果的に、何も喋らない方が失礼に当たると思ったのか、彼女は問いかけられたとおり、溜息の理由を話し始めた。
「……自分の無力さが悲しいのです」
ポツリと呟いたアステリアのその言葉に、イブは納得げに反応する。
「あー、それね、ワルツ様に関わる人たちが、みんな共通して感じる事かもだから、問題無いかもだよ?」
「えっ?」
「だって、普通の人は空中に物を浮かべたり出来ないかもだし、すごい力で鉄板をねじ曲げたり削ったり出来ないかもだし、それに……国を相手取って戦って、無傷で勝ったりなんて出来ないかもだもん。そんなワルツ様と自分とを比べたら、落ち込んじゃうのも仕方ないかもだもん」
「えっ……えっと……」
アステリアはイブの言葉に驚きながらも考える。……確か知り合いの中に、空中に物を浮かべられる者や、金属塊をいとも簡単に素手で成形できる者がいたような気がする、と。ついでに言うと、つい最近、エムリンザ帝国をたった一人で滅ぼした人物が近くにいたような気もしたようだ。
「……つまり、ワルツ様は、そのすべてをご自身で出来てしまうのですね……」
益々アステリアの中で、ワルツに対する畏怖が大きくなっていく。それと同時に、アステリアの中では、自分はこのままここにいて良いのだろうか、という疑問も肥大化していった。
「……無力」
「えっ?」
「無力なんです……私。ルシア様もテレサ様もポテ様も、皆、すごい力を持っている中で、私だけが無力なんです。イブ様だって、マリアンヌ様だって、それにジョセフィーヌ様だって、みんなすごい力を持っている……というか、皆様、お姫様です。でも私は元奴隷。何の力も無ければ、何の権力も持たないただの狐です……」
「んー("ただの狐"っていうのは、それはそれですごいことかもなんだけど、言ったら混乱しちゃうかもだよね……アステリア様」」
力を欲するアステリアに対して、どう返答すべきかイブは悩んだ。ワルツに関係する人々の中で、現状、"普通"と言える人物は皆無なので、アステリアという人物はある意味で貴重な存在だと言えたのだ。まぁ、実際の所、アステリアは"普通"でも何でもなく、そればかりか、人間ですらないのだが。
それを知らないイブは、アステリアのために真剣に考えた。
「ちなみに、アステリア様の得意なことって何?」
「得意なこと……?夜に起きて、昼間に寝ることでしょうか?」
「それは……得意なこととはちょっと違うかもだし……」
「えっと……では、夜の闇の中でも目がよく見える事とか、寒い所でも寒くない事とか?」
「それは体質かもだね」
「じゃぁ……あ!そうです!耳は良いと思います。壁の向こうにネズミがいてもハッキリ分かりますから」
「それは確かに得意技かもだね。でもなんか、狐さんみたいかも。んー、種族的な特徴かな……。で、あとは?」
「あとは……」
アステリアはそう言って——、
ボフンッ!
——と大狐の姿に戻った。あまり大きいとは言えない家の中は、モフモフとした黒い毛で一杯になる。ギュウギュウ詰めだ。
それからすぐに、アステリアは人の姿に戻った。
「マナを使わなくても人に変身できるとか、長時間変身していても疲れないこととか、変身しても服を破らないとか……そのくらいですかね」
アステリアのその言葉を聞いたイブは、ぽかーんと口を開けたまま固まった。
「…………?どうかされたのですか?イブ様?」
「……イブ、ちょっと勘違いしてたかもだし」
「えっ?」
「アステリア様は……狐さんだったかもなんだね……」
「えっ?あ、はい。普通の狐ですけど……?」
「(それ、普通って言わないかもだし……)」
アステリアについて真剣に悩んでいたイブは、思わず頭を抱えた。
そして、ややしばらく頭を悩ませてから、彼女は判断する。
「(……あぁ、そっか。これが、この大陸の"普通"かもなんだね……)」
イブは自分が大きな勘違いをしている事に気付いて、自身の考えを改めたようである。……それこそが大きな勘違いだとも気付かずに。
妹の方は、明らかな"力"を持っておるのじゃがのう……。




