14.11-52 帰還?
数週間ぶりに学院へと帰還した学生たちや、バーベキューに参加したクラスメイトたちのことを、精神的に置き去りにした後。ワルツたちは自宅へと戻ってきた。その頃にはすっかりと夜も更け、ルシアなどは重くなってきた目を擦っているほどだった。
後は眠るだけ……。皆がそう考えて帰宅したわけだが、家では、思いも寄らぬ事態が生じていたようである。
「…………zzz」
自宅の食卓で、何故かイブが眠っていたのだ。具体的には、机の上に展開した本やノートにまみれながら。
「あれ?この娘、なんでこんなところで眠っているのかしら?」
ミッドエデンに自室があるのだから、帰れば良いのに……。ワルツはそんな事を思いながら、ゆっくりとイブの事を浮かべた。彼女の事をミッドエデンまで送り届けようと考えていたのだ。
それからワルツは、地下にある転移魔法陣からミッドエデンの王城代替施設まで転移しようとする。しかし——、
「……あれ?」
——これまたどういうわけか、転移魔法陣がうんともすんとも言わなかった。
「(ん?動かない……?あー、だからイブ、帰らなかった……じゃなくて、帰れなかったのね)」
ワルツはイブが食卓で眠っていた理由を察した。どうやら自宅とミッドエデンとを繋げる転移魔法陣の紐付けが途切れてしまったらしい。転移魔法陣には未だ不明な部分があり、そのせいで、設定出来ていない何かがあったようである。
仕方がないので、ワルツはイブを連れて、リビングへと戻った。その頃には、他の者たちも自室に戻ったらしく、リビングからは人影が消えていたようだ。
リビングに戻ってきたワルツは、その際、部屋にほんのりと美味しそうな匂いが立ちこめていることに気付く。
「(なるほど。イブったら、私たちのために夕食を作ってくれていたのね。下手したら10日間は帰ってこなかったかも知れなかったのに……危なかったわね)」
さて、どうしたものか……。ワルツは悩んだ末、イブの事を自身のベッドに寝かせておくことにしたようである。イブの事をミッドエデンに送り届ける方法は、いくつかあったものの、急いで送るほどのことでもないと考えたのだ。
そして、ある事に気付いて、リビングへと戻り、少し憤りながら、誰もいない空間に向かって話しかけた。
「コルテックス。見ているんでしょ?貴女、イブが帰れないことを分かってたんじゃないの?」
するとその直後——、
ドサッ……
——食器棚の扉が開いて、その中からコルテックスが現れる。彼女の転移用魔道具が、食器棚に繋がってしまったらしい。
そんな彼女は、扉から現れると、そのまま地面に倒れ込んだようである。いや、むしろ——、
「…………zzz」
——眠っていたと言うべきか。頭には睡眠用の帽子を被り、ネグリジェ姿で、アイマスクを付けているという、完全な睡眠スタイルだ。イブの事を心配している様子は微塵も無い。
「……毎回、どんな原理で現れるのかしら……」
確か"どこにでもドア"は、ドアからドアへと転移する魔道具のはず。いったい、どんな状況で眠っていたら、扉を越えることができるのか……。ワルツは少しだけ考えたが、即座に思考を停止すると、眠るコルテックスのことを、食器棚の奥へと押し込んだ。考えるだけ不毛だと思ったらしい。食器棚の向こう側は、見渡すことの出来ない真っ暗闇に包まれていたようだが、恐らくはミッドエデンに繋がっていることだろう。
「流石にイブも一緒に押し込んだら……ちょっと可愛そうよね」
転移魔法陣など使わずとも、コルテックスと共にイブを食器棚に押し込めば、今すぐにでも彼女の事をミッドエデンに戻すことができるのではないか……。そんな事を考えるワルツだったものの、実際に行動に移すことはなかった。
「……ま、明日で良いでしょ」
パタン
暗闇に吸い込まれるようにして消えた妹を見送った後、ワルツはそっと食器棚の扉を閉じた。
その後、ワルツは、夜通しで、転移魔法陣の解析を行った。幸い、魔力源となるアーティファクトは、何回使っても減る様子は無く、魔法陣を書いては消して、という作業を気兼ねなく何度も行えたようである。
おかげで、ワルツの転移魔法陣に対する理解はかなり深まった。当初から疑問に思っていた紐付けの方法も分かり、転移する際の運動エネルギーの調整、転移までの遅延時間、そして転移する対象の選択なども、設定できることが分かったようである。
ただ、それでもワルツの表情は優れなかった。
「転移魔法以外にも使えるようになると良いのだけれど……」
転移魔法陣をどんなにいじくり回しても、結局転移魔法しか使えず……。彼女が思うような火魔法や氷魔法といった汎用的な魔法を使うことは出来なかったのである。
「魔法陣の授業とか無いのかしら……」
そんなことを考えている内に時間は進み……。気付くと次の日の朝がやってきたのであった。




