14.11-37 登校37
「ふーん……。この迷宮は、内部構造が壊れても、暴走するような事は無いのね」
ワルツが覗き込んだ迷宮の入り口は、巨大なスケルトンが出てきた当時のまま大きな口を開けていて、自動的に修復されることはなかった。覗き込んで観察する限りは、下層に渡って貫通した穴が空いており、どこまで繋がっているかも分からなかったようである。ボレアス帝国にある迷宮は、内部構造を破壊すると、自動的に塞がったり、構造が変わったりしていたのだが、どうやらラニアの町の迷宮は自動的に直るということはないらしい。ただの穴蔵、といった様子だ。
もしや、この迷宮は自分の知っているタイプの迷宮ではないのではないか……。そんな事を考えながら、ワルツが迷宮の入り口に視線を落としていると——、
「すまない、ワルツさん。仲間を連れてきた」
——ギルドマスターがその言葉どおりに仲間と思しき者たちを連れてやってきた。
パーティーメンバーは、一般的には5人程度だと言われているが、ギルドマスターが連れてきたメンバーは15人ほど。どうやら彼は自身のパーティーメンバー以外にも、他の冒険者にも声を掛けて集めてきたらしい。
「人数がかなり多いみたいだけど、大丈夫なの?正直言って、弱すぎると、守り切れないわよ?」
というワルツの挑発するかのような言葉に、激怒する人物が数名現れる。
「おい!クソガキ!」
「今の言葉、訂正しろ!」
「守って貰うのは俺たちじゃねぇ!」
と声を上げたのは3人だ。
そんな冒険者たちを前に、ワルツは深く溜息を吐くと、クイッと指を動かした。その瞬間——、
ギュゥンッ!!
「「「ぎゃぁぁぁ……」」」
——冒険者たちが、凄まじい速度で、大空の彼方へと消えていった。正確には直上だ。ワルツの重力制御システムにより、絶叫マシーンも真っ青な加速度で浮遊したのだ。
その様子を、広場にいた全員が目撃をしていて、皆がぽかーんと口を開けていたようだが、やはりと言うべきか——、
「あっ、面白そう……」
「お主の場合、自分でやれるじゃろ……」
「えっ……自分で吹き飛ぶんですか?」
『いえ、アステリアさん。吹き飛ぶのではなく、ただ飛ぶだけです』
——ルシアたちに、驚きの色はまったく見えず……。天高く舞い上がった冒険者たちを見上げながらも、普段どおりの会話を交わしていたようである。
その後、間もなくして、冒険者たちが真っ直ぐに落ちてくる。それも惑星の重力加速度を超えた速度で。
ギュォォォォンッ!!
「「「ぃゃぁぁぁあああ!!」」」
ピタッ……
そして地面に叩き付けられる直前、彼らの身体は空中で静止して……。何事も無かったかのようにそっと地面に下ろされた。
地面に戻ってきた冒険者たちは、足から地面に降りたというのに、そのまま崩れ落ちて、動かなくなったようである。まるで死んでいるかのようだ。とはいえ、本当に死んでいるわけではない。精神的なショックが大きかったために気絶してしまったのだ。
ただ、傍から見るかぎりは、死んでいるようにしか見えなかったためか、ギルドマスターやグランドマスターたちは絶句してしまう。
「「なん……」」
「いや、死んでないからね?でも、この程度で気絶するのなら、この先、思いやられるわ」
ワルツはこれ見よがしに溜息を吐いた。これ以上、冒険者たちが、暴言を吐かないよう挑発しているらしい。
一方、ワルツたちと同行することになった冒険者たちは、例外なく青い顔をして俯いていたようである。彼らがギルドマスターに声を掛けられたのは、かなりの実力を持った少女たちを迷宮の中までエスコートして、1階層目の様子を見てから、無事に帰ってくるという比較的簡単な依頼のはずだった。誰も"バケモノの護衛"だとは思っていなかったのである。
同行するギルドマスターを含めると、13人に減った冒険者たちは、皆そろって同行を辞退しようとするのだが——、
『僕らも行きますから、まぁ、よっぽどのことがあっても大丈夫でしょう』
「バラバラになっても、回復魔法で繋げてあげるから安心して!」
「……お主ら。冒険者たちを安心させるというのは感心しないのじゃ。事実を言うべきなのじゃ?」
——と口にする少女たちが現れたことで、逃げ道を塞がれてしまう。
『いえいえ。余計に怖がらせてもしかたないではありませんか』
「まぁ、グランドマスターのお爺ちゃんが言ってた許可って、冒険者の同行者がいればいいってだけだから、怖がるとか怖がらないとか、あまり気にしなくても良いんじゃないかなぁ?」
「冒険者たちが哀れなのじゃ。これから先、死よりも恐ろしい出来事が待ち構えておるかも知れぬと言うのに……」
ポテンティア、ルシア、テレサがそう口にした瞬間——、
ゴゴゴゴゴ……!
「「「「?!」」」」
——冒険者たちは一塊にまとめられて空中に浮いた。ルシアが重力制御魔法で浮かべたのだ。そんな冒険者たちの中に、本来なら同行しないはずのグランドマスターも含まれていたようだが、ルシアにとっては誤差だったらしく、叫び声を上げる彼の姿に気付いていない様子だった。
それからルシアは特に表情を変えることなく、姉に向かってこう言った。
「準備出来たよ?お姉ちゃん」しれっ
「いや、流石の私も、そこまで強引には……」
「うん?」
「……ううん。何でもないわ?アステリアももちろん行くわよね?今のどさくさに紛れれば、問題無く付いてこれると思うわよ?」
「えっ……問題しか……い、行きます!」
そんなやり取りを交わして、アステリアも迷宮探索に加わることになった。
そして、その場に同行していた他の3人も済し崩し的に……。




