14.11-36 登校36
ひとまずスタンピード対策については棚上げにして、一行はギルドの外に出た。スタンピードの対応のために迷宮周辺で活動しているというギルドマスターの仲間を探そうという話になったのだ。
ただ、一行は、ギルドを出たところで、早々に立ち止まることになる。
「「「…………」」」しーん
町は静寂に包まれていて、誰一人として喋っていないという妙な空気に包まれていたのだ。それも、ギルドから見える範囲にいる冒険者たちは全員、同じ場所を向いていたようである。具体的には、ギルドの前に立つポテンティアに向かって。アステリアと共にギルド前に立っていた彼女(?)が、ニコニコとしているというのは、冒険者たちにとっては恐ろしい事だったらしい。
なにしろポテンティアは、冒険者たちには歯が立たないような恐ろしい魔物を、まるで赤子の手を捻るかのように簡単に葬ってしまったのである。そんな彼女が逃げも隠れもせず、ニコニコしながら冒険者たちの視線を正面から受け止めていたのだから、実力主義的考えを持つ冒険者たちにとっては、生きた心地がしなかったに違いない。
しかし、そんな背景など知らないギルドマスターやグランドマスターは、冒険者たちが自分たち——正しくはワルツたちの方を向いて、静まりかえっていると考えたようである。
「(ふむ……皆、この子らを警戒しているのか……。となると、スタンピードが収まった……いや、彼女たちが収めたというのは事実なのだろうな)」
「(いつも騒がしい冒険者たちがこれほど静かになるとは……。一体何をしたらこうなるのだ?)」
普段と異なる冒険者たちを見て、ギルドの責任者たる2人は、ゴクリと生唾を飲み込む。妙な緊張感に包まれた町の様子は、未だ迷宮のスタンピードが収まっていないかのよう。あるいは、町の中に"バケモノ"が潜んでいるかのような、そんな張り詰めた空気が漂っていた。
そんな固い空気の中、静寂を突き破って、声を上げる者が現れる。ポテンティアと共に冒険者ギルドの外でワルツたちのことを待っていたアステリアだ。
「ワルツ様!探索の許可は出ましたか?」
「えぇ、出たわよ?まぁ、条件付きだけどね?」
「条件?」
「冒険者の護衛をして欲しいんだってさ?」
「冒険者の……護衛……」
冒険者ギルドの詳細を知らないアステリアは、ワルツの妙な言い回しを聞いて眉を顰める。
「(冒険者に護衛されるのではなくて、護衛をするのですか?そういうものなのでしょうか?……いえ、そういうものなのでしょうね……)」
アステリアにとってワルツたちは、冒険者と比較すれば"絶対"が付くほどの強者に見えていた。そんな彼女たちが冒険者に守られるなどおかしな話で……。むしろ、冒険者を守ると言われて、しっくりときたようである。
「(しかし、護衛される冒険者の方々は、何のために迷宮に入ろうとしているのでしょう?迷宮の調査?まぁ、確かに調査は必要ですよね……)」
アステリアの中にあった疑問が、"ワルツたちだから"という理由によって補間されていく。彼女たちが関わっているなら、どんなに異常な事であっても、何かしら理由がある……。そんな思考回路が、アステリアの中に出来上がっていたようだ。それなりの時間、ワルツたちと共に行動してきたためか、大分学習したらしい。
結果——、
「……なるほど。お疲れ様です!」
——アステリアは考えるのをやめた。そういうものだと受け入れることにしたようだ。
そんな物わかりの良い狐娘を前に、ワルツは引っかかりのようなものを感じていたものの、特に困る事でもなかったためか、詳しくを問いかけるようなことはしなかった。
「(アステリアも、私たちに慣れてきた、ってことかしら?まぁ、出会ってからまだ1ヶ月も経ってないし、慣れるのにはもう少し時間が掛かってもおかしくないわよね)」
ワルツはそんな事を考えながら、遠い視線を大空の彼方へと向けた。
一方、冒険者ギルドの責任者2人組は、アステリアのように柔軟な考え(?)を持っていなかったようである。
「(あまりに静かすぎではないか……?スタンピードが終わったのなら、もっと皆の顔に笑顔があるはずだ。……まさか、スタンピードは終わっていない?しかし、迷宮から魔物があふれ出ようとしているようには見えん……)」
「(まさか、この子らも件の冒険者パーティー"ヴァイスシルト"のメンバーなのか?世の中、いったい、どうなってやがる……)」
といったように、常識が邪魔をした結果、ありのままのことが受け入れられず、疑心暗鬼に陥っていたのだ。
一方、渦中にいたワルツには、グランドマスターとギルドマスターの困惑を気にするつもりは無いらしく、彼女は2人に向かって遠慮せずに促した。
「さぁ、迷宮探索の準備をしましょ?パパッと行って、パパッと帰ってくるわよ?」
ギルドマスターの仲間がどこにいるかも分からないというのに、ワルツはドンドンと迷宮へと進んでいく。その後ろをテレサやポテンティアたちも追いかけて……。一行は迷宮の入り口へと向かったのである。
そんな彼女の後ろには、ミレニアたちもいたのだが……。彼女たちが3人とも、ぽかーんと口を開けたままワルツたちの背中を静かに見送った理由は不明である。
オリエンテーションの授業はいったいいずこへ……。




