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14.11-32 登校32

「……ん?なんでこの人、浮いてんの?」


 ふと我に返ったワルツが顔を上げると、そこには恐怖の色を顔に貼り付けた大男の姿が宙に浮かんでいた。


 状況が分からなかったワルツは首を傾げながら、男が見ていた方向へと視線を向けた。すると、そこには、いつの間にかやってきたルシアとテレサが立っていたようである。


 ゆえにワルツは問いかけた。


「えっと……これ、どういう状況?」


 ワルツはこの瞬間まで、ミレニアたちにミッドエデンを褒められ過ぎた結果、羞恥のあまり、殻に閉じ籠もっていた(?)のである。その上、彼女はルシアの魔力を感じ取れないこともあり、状況が掴めなかったようである。


 ちなみにギルドの中では、受付嬢やミレニアたちも強大な魔力に曝されており、皆、その場にしゃがみ込んで苦しげな表情を浮かべていたようである。魔力を放っていたルシアや、彼女の魔力を隠蔽しているテレサから見て、直前のワルツの姿は、皆から虐められているようにしか見えておらず、ルシアたちはその場の全員を制裁するつもりで魔力を放っていたらしい。


 俯きながら小刻みに震えているワルツを、大男が叱っているように見えていたこと。あるいは、そんな彼女のことを、ミレニアたちが少し離れた場所から観察するように眺めていたことなどなど……。事情を知らずにギルドにやってきたルシアたちから見れば、勘違いしてしまうような状況でしかなかったのだ。


 ゆえに——、


「えっ……お姉ちゃん、虐められてたんじゃないの?」

「えっ……むしろ妾たちも事情を聞きたいのじゃが……」


——ワルツのケロッとした表情を見て、ルシアとテレサは戸惑うことになる。


  ◇


「ごめんなさいっ!」

「申し訳ないのじゃ……」


 ワルツから説明を聞いて、事情を察したルシアたちは、再び魔力を隠蔽した後で、皆に向かって頭を大きく下げていた。謝罪の相手は、言うまでも無く、ギルドの中にいた者たちに対してのみ。影響自体はギルドの外まで伝わっていたはずだが、そちらについては気付かなかったことにするつもりのようだ。説明をしたところで、誰もルシアの魔力だとは信じられないはずだからだ。


「「…………」」ぽかーん


 謝罪を受けたギルドマスターは、口を開けたまま放心していたようである。ルシアの魔力はそれほどまでに強大であり、自身が宙に浮かべられるなど到底理解できることではなかったからだ。なお、受付嬢も同じような反応を見せていて、整った顔が残念なことになっていたようである。


 そんなギルドマスターや受付嬢が我に返る前に、ワルツは言った。


「ガラスの修理代は一応、払っておくわね?……テレサ」


「えっ……妾が?う……うむ……」しゅん


 魔力はルシアのものだが、彼女の魔力を幻影魔法で隠蔽しているのはテレサであり、テレサが魔法を止めなければ、ギルドのガラスが軋んだり、人々が昏倒したりすることはなかったのである。つまり悪いのはテレサ、ということらしい。


 彼女としては納得出来なさそうな様子だったが、彼女は、渋々、学生服の袖の中に手を入れると、どうやって収納していたのか不明だが、そこから硬貨を取り出した。


「これで足りるかの?」


 白金貨10枚。つまり、100万ゴールド。ギルドのガラスを直すには十分すぎる費用で、ギルドマスターと受付嬢は、ポンと出てきた白金貨に目を白黒させていたようだ。だが——、


「「えっ……それっぽっち?」」


——ワルツとルシアは納得しなかったようだ。


「それっぽっちって……十分じゃろ?」


「いやいや、一応、貴女って、名目上は国家元首なんだから、こう、ポンと出てくるものの額はもっと多いでしょ。普通」


「それ、妾じゃなくて、コルの方……」


「テレサちゃん……私のためにそれくらいしか払えないんだ……」


「……すまぬ、ア嬢。お主が何を言っておるのかまったく分からぬ……」


 テレサはそう言って深く肩を落とすと、「まったく面倒臭いのう……」と言いながら再び袖の中に手を入れて、今度は銀色の板のようなものを取り出した。大陸間通信が可能な無線機だ。


「あー、コル?妾なのじゃ。レストフェン大公国の冒険者ギルドの買収を頼むのじゃ。……うむうむ。邪魔ならグランドマスターをクビにしても良いのじゃ。では頼むの?」ピッ


「「「「「「……は?」」」」」」


「というわけで、この国の冒険者ギルドは、今から妾の所有物になったのじゃ」すっ


 テレサはそう言って、カウンターの上に出した白金貨を袖の中にしまい込んだ。ギルドは彼女の所有物——つまり、ミッドエデンの所有物なので、ガラスの修理代は経費で払えば良い、というわけだ。


 対するギルドマスターや受付嬢は、何が何だか分からずに唖然としていたようである。テレサたちのやり取りが茶番のように見えていたかも知れない。しかし、それも数分の出来事。間もなくして彼らは、事の重大さに気付くことになる。



コルが、ぽんっと1000億ゴールドを出してくれたのじゃ。


……まったく酷い話じゃのう……。

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