14.11-30 登校30
「(なにこの不貞不貞しい子ども……。どこかの貴族のお嬢様かしら?)」
生意気な様子でギルドカードの再発行申請書を要求するワルツを前に、受付嬢は眉を顰めた。それでも彼女はギルドカードの再発行用書をワルツへと渡す。ギルドのルールの中に、例え相手が幼い子どものように見えても"絶対に"書類を渡すように、というものがあるからだ。詳しい理由は不明だが、どこかのギルドで大きな問題になった事があるらしい。
そんな受付嬢の対応は、間もなくして報われることになる。ワルツから必要事項の書かれた書類を受け取った受付嬢が、ギルドカード発行用の魔道具に、書類の内容を入力したときのことだ。
「(今、こんな子どもに構ってる暇なんてないのに……。どうせ、子どものいたずら——)え゛っ」
該当する冒険者の情報が表示されたのだ。
その人物は、Dランクの冒険者で、魔物の累計討伐数がCランクに上がれるほどに多かった。いや、討伐数で言うなら、Sランクを優に超えるほどの大量虐殺を行った記録が残っていた、と言うべきか。
ちなみに、備考欄にはこう書かれていたようである。
「(Cランク以上に上がることを拒否。Cランク以上に上げないことを推奨……?なんで?理由書いてよ……)」
この冒険者は一体何をやったのか。そもそも、目の前にいる人物と、登録されている人物は同一人物なのか……。
それを確かめるために、受付嬢は、ギルドのルールに則って、ある魔道具をカウンターの上に置いた。本人照合用の魔道具だ。
「……本人確認をいたしますので、こちらに手を置いて下さい」
最上級の警戒を伴いながら、受付嬢はワルツに説明した。たとえワルツが登録者本人であっても、あるいは本人でなくても、彼女が普通ではないことは明らかだったからだ。
自分の背よりも高いところに魔道具を置かれたワルツは、手探りで魔道具を探して、そこに手を置いた。
「これ、私が使うと反応しないのよね……」
そんなワルツの言葉どおり、彼女が手を乗せても、魔道具はうんともすんとも言わない。頭の天辺から爪先まで機械である彼女は、魔力と言えるものを持っていなかったので、魔道具が反応しなかったのだ。
しかし、それを知らない受付嬢は、なぜ魔道具が反応しないのか分からず、困惑したようである。試しに自分で使ってみるが、問題無く動作するので、再びワルツに触らせてみるが——、
「もう一度触れてもらえませんか?」
「…………」すっ
シーン……
——やはり反応はない。
「あれ……壊れちゃったかしら……」ガンガン
「いやいや、魔道具を叩いて治るわけないじゃない……」
電子部品の半田付けと違って経年劣化でヒビが入るわけではない魔力回路が、振動程度でどうにかなるわけがない……。ワルツがそんな事を考えながら、受付嬢の行動を観察していると、受付嬢も諦めたのか、別の方法でワルツの本人確認をする事にしたようである。ギルドのルールには、本人照合用の魔道具が壊れた場合の対処方法も存在したのだ。
「申し訳ありませんが、魔道具の調子が悪いので、別の方法で本人確認をいたします。ではまず年齢を——え゛っ」
「16歳だけど?」
「……本当ですか?」
「嘘ついてどうするのよ」
「…………」
受付嬢は、思わず言葉を失った。どう考えても、ワルツの見た目は8歳くらい。逆立ちしても、何をしても、彼女の年齢は16歳には見えなかったのである。
驚いていたのは受付嬢だけではない。2人のやり取りを見ていたミレニアたちも顎が外れんばかりに驚いていた。なにしろ、彼女たちの年齢は14歳。ワルツの方が2歳も年上だったからだ。
「う、嘘でしょ……」
「嘘だろ……」
「…………」
「……で、本人確認はそれだけで良いのかしら?個人情報をあまりペラペラと喋りたくないのだけれど?」
ワルツが受付嬢にジト目を向けていると、ようやくワルツがギルドに登録されている冒険者本人である事を否定できなくなったのか、受付嬢は直前と打って変わってワルツへの対応を改めた。
「こ、これは失礼いたしました!ヴァイスシルトのリーダー、ワルツ様。ようこそラニアの冒険者ギルドへ。本日のご用件は……Sランクへのランクアップでよろしいでしょうか?」
「「「……は?」」」
「いや、Cランク以上に上げるつもりはないから。試験とか面倒臭いし、戦争とかに駆り出されたくもないし……」
ワルツはそう前置きをしてから、受付嬢に対して問いかけた。
「で、目的なんだけど、まず、ギルドカードの再発行が一つ。あと、そこの迷宮に入るための許可が欲しいわ?まぁ、Dランクの冒険者が入れないって言うなら素直に諦めるけれど?」
迷宮から出てきた強力な魔物との戦闘に駆り出される冒険者は、ランクC以上。対するワルツはランクD。本来であれば、彼女は門前払いを食らうところだったが、実力は推定Sランク以上ということもあり——、
「ギ、ギルドマスターに確認いたしますので、少々お待ちください!」
——前向きに検討してもらえる事になったようである。その際、ミレニアたちが、ギルドに来た当初よりも呆れたような表情を浮かべていたようだが、ワルツが敢えて彼女たちの方を振り向かなかった事は言うまでもないだろう。
今日は、ちかれたのじゃ……。




