14.11-14 登校14
ミレニアも、ジャックも、強い火魔法を使えないことを知って、ワルツは内心、悩んでいた。彼女の予定では、火魔法を使って蒸気機関を動かそうとしていたからだ。火魔法が無くても蒸気機関を動かすことは出来るが、窯の温度を上げるのに時間が掛かってしまうのは確実。その他、彼女が欲するような火力にならず、想定どおりの出力が出ない可能性も考えられた。
「(もしかして、水魔法も使えなかったりするのかしら……)」
ワルツの魔法の基準は、これまで常にルシアの魔法だった。彼女の莫大な魔力による魔法こそが、ワルツの思う一般的な魔法だったのである。水魔法を使えば、都市どころか国一つを水没させることができ、火魔法を使えば、月を丸ごと燃やすことが出来るというのがルシアの魔法。流石にルシアと同じような規模の魔法を使える者はそうそういないとしても、手から水柱を発射したり、火球を飛ばしたりするくらいは出来るだろう、というのが、ワルツの"普通の魔法"に対する期待値だったのだ。
ところがどうやら、ワルツの予想は、かなりズレていたらしく、雀の涙のような出力の魔法が、世間一般で言う魔法だったらしい。そんなことなどありえるのだろうか……。そう考えたワルツは、ある1つの答えに辿り着く。
「(あぁ、そっか。そのための杖なのね)」
ルシアたちは殆ど使わないが、魔法使いは自分の魔力を高めるために杖を持ち歩いているのである。つまり、ジャックも杖を使えば、火魔法が強くなるのではないか……。
そんな考えに至ったワルツは、ジャックに対して問いかけた。
「ちょっと、ジャック。貴方、杖持って無いの?」
それに対しジャックは、困惑気味に返答する。
「いや、俺は魔法科じゃなくて、騎士科なんだけど……」
「何?魔法科じゃないと、杖を持っていないの?」
まさかそんな事はないだろう……。と思いながら、ワルツが問いかけると、ジャックはポリポリと頬を指で掻きながら、首を立てに振った。
「あぁ、騎士科は持ってないな。騎士になるのに、剣は必要だが、杖は必要ないだろ?」
「んなっ……」
なんという勿体ないことをしているのか……。魔法が使えなかったワルツは、思わず天を仰いだ。
「もしかして、この国って、魔法剣士とかいないの?」
「魔法剣士?魔法も剣術も使えるやつ、ってことか?そんなどっちつかずのやつは、俺が知ってる限りじゃいないな。っていうか、魔法が使えたら、騎士になんてならないだろ?遠く離れた場所から攻撃してりゃいいんだから、わざわざ重い剣を持ち運んで、接近戦で危険を冒す必要なんてどこにも無いからな」
「ああ、そう……なの……」
もしかして、自分の認識が間違っているのだろうか……。ミッドエデン関係者に魔法剣士と言える人物が何名かいるのを思い出しながら、ワルツは悩んだ。ちなみに、剣を持って魔法で戦うという意味では、ルシアも魔法剣士である。医療用ナイフで斬り刻むことを考えるなら、カタリナもまた魔法剣士と言えるかも知れない(?)。
いずれにしても、ワルツが思っている以上に、ミッドエデン共和国とレストフェン大公国との間には、大きな文化の違いがあるらしい。結果、ワルツは、考えを一旦リセットして、車作りを改めて考え直す。
「(蒸気機関はダメそうね。というか、この分だと、内燃機関は全滅か……)」
ワルツがなぜ蒸気機関を選んだのかというと、温度的にも材料的にも、あるいは燃料的にも、実現するのに敷居が低かったためである。ワルツの器用さをもってすれば、その辺に落ちている石や岩を上手く削り出すだけで、蒸気機関くらいなら簡単に作る事が出来るのだ。
一方、ガソリンエンジンなどの内燃機関は、実現するのにハードルが高かった。最悪、時間をかければ燃料を作ることは可能だがが、エンジンを作るための金属を手に入れることが出来なかったのである。ルシアは別のグループであり、彼女に助けを求めるわけにはいかないのだから。
内燃機関、あるいは外燃機関以外に、極短時間で作る事の出来る高出力な動力は無いか……。ワルツは悩んだ。
「(帆を使ってセーリングで移動する?いや、風が吹いていれば使えるけど、こんな森の中じゃ、ちょっと無理よね……。バッテリーでモーターを回すってプランも、ルシアがいないとどうにもならないし……)」
ワルツはそんな事を考えながら、ふとポケットの中に手を突っ込んだ。すると何か固い感触が、彼女の指先に伝わってくる。
「(転移魔法陣を書くためのインクの瓶……か……)」
銀色のインクが入った瓶を見つめながら、ワルツは思った。……知らない場所にも移動出来るような転移魔法陣を作れれば良いのに、と。
どうすれば知らない場所に移動できるだろうか、と転移魔法陣を"転移魔法陣"の機能のまま使おうと考えていたワルツに向かって、ジャックたちが怪訝そうな表情を浮かべながら声を掛けようとした、そんな時のことだ。
「……ああっ?!」
ワルツの頭に、何やらアイディアが舞い降りてきたのである。




