14.11-03 登校3
そして登校時。
「お弁当は持ったかも?顔は洗った?歯は磨いた?鞄はOK?制服の襟は……うん、大丈夫!行ってらっしゃいかもだし!」
元気なイブに送り出されて、ワルツたちは家を出発した。ただし、「い、行ってきます」と皆が戸惑い気味の挨拶を口にしながら。
そして、地上近くまで繋がるエレベーターに乗って、ドアが閉まり、イブの姿が見えなくなったところで——、
「なんと言いますか……すごい方ですね。イブ様って……」
——アステリアの口からポツリと、イブに対しての感想が零れてくる。
その言葉に全員が相づちを打った。皆、似たような事を考えていたらしい。
その中でも、同じ皇女という立場であるマリアンヌは、特に考えるものがあったようである。
「奴隷寸前の状態から、皇女まで上り詰めるなんて、普通では考えられませんわ。もしかしてイブ様は……その……何か特別な力をお持ちなのでしょうか?想像すら出来ないほど、強大な力を持っている、とか……」
最初はただの魔女でしかなかったマリアンヌは、臭気魔法を使って相手の精神を操作し、結果的に第一皇女の座を奪い取ったのである。立場だけを考えるのなら、ある意味で、イブと似たような境遇だったと言えるかも知れない。
そんなマリアンヌから見ても、自分よりも遙かに年齢の低いイブが、奴隷落ち寸前の状態から第一皇女の座を得るなど、贔屓目に見ても不可能だとしか思えなかった。到底、真っ当な力を使ったとは思えず、自分と似たような精神操作系の能力を使ったのか、元々、皇帝の血筋だったのではないか、などと考えを巡らせていたようである。あるいは——化け物だったりするのではないか、とも。
その疑問に答えたのはワルツだった。
「あの娘のことは私にもよく分からないわ。ただ言えるのは、凄まじく運が悪くて、そして凄まじく運が良いってことくらいかしら?」
「運が悪くて……良い?」
「ちょっと何言ってるか分からないかも知れないけれど、イブは極端に運が悪いときもあるけれど、逆に良いときは良すぎるのよ。偶然通りがかった皇帝に気に入られちゃう、とかね。特殊な能力も、力も無いけど、運だけで道を切り開けるって言うの?まぁ、一歩間違えればどん底に落ちそうなんだけど……」
イブとユキの出会いを思い出しながらワルツが説明すると、ルシアが口を挟んで、姉の言葉を否定する。
「それは違うと思うよ?お姉ちゃん。イブちゃんは無力なんかじゃなくて、何でも出来る子だよ?火魔法とか普通の魔法だけじゃなくて、転移魔法とか、空間魔法とか、結界魔法や回復魔法まで、思い付く限りの魔法を全部使えるんだから。……弱いけど」
そう口にするルシアの言葉に他意はない。そのままの意味だ。彼女からすればイブの魔法は弱いのだ。まぁ、ルシア基準なので、あまり参考にはならないのだが。
「あぁ、そうだったわ。典型的な器用貧乏だったわね」
ワルツの言葉に、ルシアの他、テレサとポテンティアも頷いた。皆のイブに対する認識は、一言で表すと"器用貧乏"だったらしい。
ただ、話を聞いていたマリアンヌとしては、納得できなかったようだ。皇女の立場を得られる実力を持っている時点で、イブが器用貧乏だとは思えなかったのである。実力で今の立場を得たというのなら、それは純然たる"器用"であることの証明なのではないか……。間違っても、第一皇女の座が、"貧乏"だとは思えなかったらしい。
とはいえ、マリアンヌがその疑問を口にすることは無かった。周囲を見渡せば、イブの力など霞んでしまうほどの実力者たちばかりで、相対的には確かに器用貧乏だと言えなくなかったからだ。例えば、ルシアとテレサなどは、たったの2人で公都を無血開城させるほどの力を持っているのである。ポテンティアに至っては、正真正銘の化け物だ。そんな者たちと比べれば、イブがどんなに器用であろうとも、相対的に劣っているに見えてしまうというのは仕方のない事……。マリアンヌはそんな結論に辿り着いて、自分を納得させたのである。
「……可愛そうに」
「「えっ?」」
「いえ、なんでもありません」
ついつい本音が零れてしまったのか、首を振って否定するマリアンヌ。彼女の他、アステリアも、遠い場所を見るかのような視線を、イブがいるだろう地底へと向けていたようである。
そうこうしているうちに、一行を乗せたエレベーターが、地上一歩手前の階層に到着した。




