14.11-02 登校2
そして朝食の時間。
「……えっと、ポテンティア?なんで今日は女の子の格好をしているのかしら?」
『気分です』
「あぁ、そう……」
女学生の格好をしたポテンティアを見たワルツたちの反応は、素っ気ない、の一言に尽きた。彼女の他、ルシアもテレサも似たような反応だったところを見るに、一見して気にはするが、それ以上のことを追求するつもりは無かったようだ。理由は、まぁ、"お察し"といったところだろうか。
唯一、アステリアだけは、目を丸くして驚いていたようだが、他の者たちの反応が大きくなかったためか、ポテンティアの格好については"そういうものだ"と自分を言い聞かせていたようである。その点においては、未だ戸惑いが隠せていなかったマリアンヌとは大きく異なっていたと言えるだろう。
ただ……。アステリアは、無条件にポテンティアのことを受け入れたというわけではなかったようである。ポテンティアのことを受け入れざるを得ない——いや、彼のことで頭を悩ませる余裕が無かった、と言うべきか。
「はい、うどん5人前!おまちどおさまかもだし!」どんっ
『あの、イブちゃん?僕の分は?』
「えっ……ポテくんも食べるかもなの?」
『もちろん、食べますよ。その辺に生えてる草でも消化できますが、この姿でいる時は、せめて人らしい食事を摂りたいと考えているのです』
「ふーん。まぁ、いいかもだし。……はい、追加1人前!」どんっ
『……今、このおうどんは、どこから出したのでしょうか……』
と言った具合に、今日も朝からイブが来ていて、炊事に洗濯、掃除など、家事を次々にこなしていたのである。
そんな彼女の肩書きは、ボレアス帝国第一皇女。そんな彼女を前にした元奴隷のアステリアとしては、メイドのように家事をこなす皇女という存在を簡単には受け入れることができず……。ポテンティアがどんな姿形でいようとも、気にしていられなかった、というわけである。元が狐の魔物なので、人間の雄雌の違いに疎かった、というわけではないはずである。
食事を出された側のアステリアが、イブの手伝いを優先すべきか、せっかく作って貰ったうどんが伸びる前に食べてしまうべきかで悩んでいると、いち早くうどんを啜っていたワルツが、イブに向かって問いかけた。
「もしかしてイブも学校に行きかったりする?」
対するイブは、「イブも……?」と首を傾げてから、何やら考え込んだ末にこう答えた。
「イブはミッドエデンでやることがあるかもだから、別に学生にはならなくても良いかもかな?今の仕事を途中で投げ出すわけにもいかないかもだし、そもそも年齢もまだ足りてないかもだし、それにマリーちゃんや飛竜ちゃんのことを置いていく訳にもいかないかもだからね」
『「「「「…………」」」」』
「……うん?どうしたの?皆。こっちを見たまま固まって……」
アステリア以外の5人が、イブの事を見てピタリと固まる。どうやら皆、イブの発言に思うことがあったらしい。主に、精神的なダメージを負うという形で。
「……イブってさ、よっぽど私なんかよりもしっかりしてると思うのよね……」
「たまに、イブ嬢の中身が実は9歳児ではのうて、20歳くらいのJDが入っておるのではないかと思うことがあるのじゃ」
「えっと……JDって何?」
「えっ……9歳だったのですか?!」
『9歳とは思えないほど、しっかりしていますよねー。あ、ちなみに僕の年齢はいっs——』
「何、みんなでコソコソしてるかもだし……」
皆で顔をつきあわせながら、密談をするかのように会話をする……。そんな皆の行動が、イブの事を蔑ろにしているかのようで、イブは不満げに頬を膨らませた。
その間も、アステリアだけは、会話に参加できずに、あたふたとしていたようである。未だにイブへの対応に困っていたのだ。
皆の輪に交じることが出来ず、一人浮いていたアステリアの反応が気になったのか、イブが彼女に対して意識を向けた。
「どうかしたの?アステリア様」
「さ、様はいらないです!呼び捨てにしてください!」
「んー、でもそれじゃ失礼かもだから、アステリアお姉ちゃんって呼ぶかも?」
「うう……」
イブに話しかけられるだけで、キリッキリと胃が痛むような気がしたのか、アステリアは腹部を押さえた。
そんな彼女が何を考えているのかおおよそを察したのか、イブはアステリアにとって衝撃的な一言を口にした。
「えっと、多分、アステリアお姉ちゃんは、ワルツ様がイブの事を皇女様だとかなんとか言ったせいで混乱してるかもだと思うんだけど、それ、全然気にしなくて良いかもだからね?だってイブ、最近まで、奴隷になって売り飛ばされそうになってた孤児かもだし」
と、明るい笑みを見せつつ、軽い口調で、さらっと自分のことを説明するイブ。その内容が、直接的で、かつとても重いものだったせいか、アステリアだけでなく、他の5人のうどんを啜る音も止まり……。食卓の空気は、まるで冷凍庫の中のように凍り付いてしまったようである。




