14.10-33 迷い6
ジョセフィーヌの演説に異論を唱える者はいなかった。いるわけがなかった。少しでも反論しようものなら、目の前の巨大な黒い物体に押しつぶされてしまうか、あるいは謎の少女たちによって消滅させられてしまうというのは明白だったからだ。
結果、公都は無血開城という形で、ジョセフィーヌたちを受け入れることになった。とはいえ、順風満帆というわけではない。単に公都を取り戻しただけでは、一度崩れた政府組織まで、元に戻るわけではないからだ。しかも、公都の中は、反大公派と言える者たちが数多くいるのだから、たとえジョセフィーヌが元の椅子に戻ろうとも、国が元の形に戻るまでは、かなりの時間が掛かる見込みだと言えた。
ただ、幸いと言うべきか、公都の中は、ジョセフィーヌにとって、何も敵だらけというわけではなかったようである。反大公派の者たちがいるということは、大公派の者たちもいるということだからだ。
彼らは城の地下に幽閉されていて、いつ来るとも分からない処刑の日を待っていたようである。彼らが捕らえられたのは今から数週間前の事。本来であれば既に処刑されていてもおかしくなかったのだが、幸運なことに処刑されずに生かされていたのである。
理由は公都を度々襲った天変地異(?)だ。空を謎の物体が通過していったり、眩いビームが飛んでいったり……。そんな謎の現象が起こる度に、処刑は先延ばしにされて、大公派の者たちは生きながらえてきたのである。
ゆえに、ジョセフィーヌは、大公派の者たちを解放し、彼らと協力して公都の復興——ひいては、レストフェン大公国の復興を進めることにしたのである。
また、反乱を起こした貴族たちについては、全員を取り調べた上でどう扱うのかを決める事になり、首謀者についても同時に調べられることになった。再び同じ轍を踏まぬよう、復興活動と並行して、反乱対策も進める事にしたのだ。
……というのが、ジョセフィーヌの演説の後に起こった出来事。彼女の事を公都に下ろしたワルツたちは、ジョセフィーヌの斜め後ろ辺りで、彼女の手腕を観察しながら、舌を巻いていたようである。
そして、夜も更けて、あと1時間ほどで日付が変わる頃。ちょうど会議に一区切りがついた様子のジョセフィーヌに対し——、
「それじゃぁ、そろそろ、私たちは帰るわ」
——ワルツは切り出した。
「え゛っ……」
「いや、私たち、明日からまた学校だし。ルシアとか、もう半分寝てるし……」
「……おすし……いっぱい……zzz」がぶっ
「……それは妾の尻尾なのじゃが?」
「あぁ、あの空飛ぶ船があるので、いつでも帰ることが出来るのですね」
公都にいる学生が、次の日の授業に出ることは不可能である。乗合馬車や徒歩で移動した場合、公都から学院までは、3日と半日程度掛かるからだ。ゆえに、学生が授業に参加できるのは、一般的には4日後。明日の授業から参加するというのは、転移魔法使いがリレーをして学生を学院まで送り届けるという無茶苦茶な対応をしない限りは実現困難なはずだった。
「まぁ、ポテンティアが無くても、空を飛べば数分で帰れるけどね」
「……えっ?」
「あぁ、そうそう!」
ワルツの発言について行けなかったのか、ジョセフィーヌは目を白黒とさせていたようだが、ワルツはそのことに気付いていないのか……。彼女は何かを思い付いた様子で、ポケットから小瓶を取り出した。銀色の液体が入った小瓶だ。魔法陣を描くためのインクである。
彼女はその蓋を開けると、ミッドエデンでやったように、重力制御システムを使ってインクを宙に浮かべて、そして転移魔法陣を空中に形作ると——、
「ぺたっ、と」
——と言いながら、大公の部屋の隅に、転移魔法陣を押しつけた。
そして魔法陣について説明する。
「これに魔力を注いで転移すれば、学院の近くにある自宅までひとっ飛びよ?まぁ、どのくらい魔力を注がなきゃならないかは知らないけどね?本当はアーティファクトっていう魔力供給用のバッテリーみたいなものを一緒に置いて、転移し放題にも出来るんだけど、あれはちょっと危険極まりないものだから、魔力供給はセルフサービスでお願いね?」
転移魔法陣について説明するワルツを前に、ジョセフィーヌは目を見開いた。
「まさか……ミッドエデンまで一瞬で移動したのは、この魔法陣を使ったからなのですか?!」
転移魔法陣を前に、大きく驚いた様子のジョセフィーヌを前に、ワルツはコクリと首肯した後でこう口にする。
「えぇ。正直、この魔法陣がどんな原理で転移を実現してるのか、私たちもよく分かってないのよ。もし良かったら、この魔法陣について、詳しく調べてもらえないかしら?その成果については、レストフェン大公国で自由に使ってもらって構わないわ?どうする?やる?」
そんなワルツの問いかけに対するジョセフィーヌの返答は——、
「やります!」
——という、まさに即答と言えるもので……。ジョセフィーヌはまるで財宝や宝石でも見つけたかのように、キラキラとした視線を転移魔法陣に向けていたようである。執政者たる彼女からすれば、誰でも使える転移魔法陣は、喉から手が出るほどに欲しい代物だったようである。
結局、学院で研究することになりそうじゃがのう……。




