14.10-21 研究21
イブがそこにいた理由は単純。転移魔法陣に乗る際、ワルツが彼女の手を引っ張ったからである。ワルツから見て、転移魔法陣に苦手意識を持っているように見えたイブが、レストフェン大公国に来るとは思えなかったらしく……。ワルツはイブのことを無理矢理連れてくることにしたのだ。トラウマに対する荒療治と言えるかも知れない。
「まぁ、せっかく来たんだし、ゆっくりしていきなさい」
「ここは……」
転移したイブの目に入ってきたのは、影の無い真っ白な場所。床も壁も天井もすべてが発光するという奇妙な部屋だった。
ただ、彼女は、その部屋と同じような部屋を、以前にも何度か見たことがあったらしく、あまり驚いてはいない様子だった。ミッドエデンの王城代替施設にあるワルツの工房も、ここと同じような設備になっていたことも、理由の一つと言えるだろう。
「ワルツ様の工房かもだね……」
「そっ。まだ作りかけだけどね」
部屋は、ポテンティアの格納庫に比べれば比較にならないほど小さかったが、それでもテニスコート10面分くらいの大きさはあった。高さは10mほど。そこに、作りかけの機械やら工具やらがポツラポツラと散乱しているといった様子だ。
「作りかけだから、ミッドエデンの工房と行き来したかったかもなの?」
「まぁ、せっかく作ったものをまた作るって言うのも面倒だし……」
「じゃぁ……ワルツ様は今度から、こっちで活動するかもなの?」
もうミッドエデンには帰ってこないのか……。そんな副音声を乗せながらイブが問いかけると、ワルツは「んー」と唸ってから、首を横に振った。
「そういうわけではないわね」
「えっ?」
「だって、ミッドエデンに戻らないのなら、ミッドエデンからこっちに機器を引っ越してこなきゃならないけど、そんなことをしたら、機器が壊れちゃうし、クリーンルームとか移動出来ないし……」
「で、でも、新しく作れば……」
「この身体じゃ、年単位で時間が掛かるから、やっぱ無理ね。作ろうとはしたんだけど、滅茶苦茶時間が掛かるって思い知ったわ?」
「…………」
イブは、ワルツの言葉に反応を返すことが出来なかった。ワルツの身体が小さくなってしまっていたことを気にしてはいたものの、安易に触れられる問題ではない気がして、今まで触れてこなかったのである。
一体何があったのか……。よほど、ルシアがミッドエデンに帰ってこない理由よりも、ワルツが小さくなった理由の方がイブとしては気になっていたようである。むしろ、ルシアがミッドエデンに帰ってこない理由は、ワルツが小さくなったせいなのではないかと疑っていたくらいだ。
結果、イブが、その疑問に触れるか触れないかで悩み、口を開け閉めしていると、ワルツは苦笑しながら言葉を追加した。
「まぁ、色々あってね。機動装甲を失っちゃったのよ。私。あの大きな身体のやつ」
「そ、そうかもだったんだね……」
「で、今の姿が本来の姿ってわけ」
「えっ」
「驚いた?」
イブと同じくらいか、彼女よりも背が低いワルツが本来の姿……。その説明を聞いたイブは目を丸くしていた。真実を知って驚くというだけでなく、何かが根底から覆されたような、そんな反応だった。
再び何も言えなくなってしまった様子のイブの前で、ワルツは肩を竦めると、くるりと後ろを振り返る。そして、彼女は天井を見上げながら、ゆっくりと歩き出した。
「今の私の姿を見て、ミッドエデンの人たちは私のことを……等身大の私のことを、受け入れてくれるかしら?」
それがワルツのミッドエデンに帰らない理由。それを悟ったイブは——、
「……全然問題無いもん!」
「えっ」
——普段から口癖になっている"かも"という言葉は付けずに断言した。そんなイブの発言には、流石のワルツも驚いていたようである。




