14.10-19 研究19
「この魔法陣は、私たちがいるレストフェン大公国と繋がっているわ?」
「も、もしかしてこれって……」
ワルツが作った魔法陣を見たイブは、どういうわけかギュッと胸の前で手を握り締め、1歩ほど後ずさった。まるで怖がっているかのようだ。
対するワルツは、イブのその反応が気になり、理由を問いかけようとするのだが……。その直前で邪魔が入る。
「まさか、お姉様、魔法が使えるようになったのですか〜?!」
魔法陣を空中に浮かべていたワルツの行動は、端から見れば、魔法を使っているかのように見えていた。コルテックスの目から見てもそれは同じで……。彼女の場合は、ワルツが魔法を使えないことを知っていたこともあり、余計に驚いてしまったようである。……レストフェン大公国を離れている間、ワルツはいったいどんな修行(?)を送ってきたのか、と。
対するワルツは、一瞬、コルテックスの問いかけの意図が理解出来ず首を傾げるのだが、すぐに事情を理解して、コルテックスの推測を否定する。
「あぁ、さっきの魔法陣のこと?あれは魔法なんかじゃなくて、重力制御システムを使って、インクを浮かべていただけよ?」
「なるほどなるほど〜。そういうことですか〜。ですよね〜。まさかお姉様が、魔法を使えるようになる訳がないですよね〜」
「確かにその通りなんだけど……なんか、イラッとするわね」
もっと言い方があるのではないか……。そんな不満を乗せた視線でコルテックスを睨んだ後。ワルツは再びイブに向かって視線を戻した。
「というわけだから、この魔法陣は……って、イブ?」
ワルツが視線を向けた先にいたイブは、さらに状態が悪化していて、どういうわけか青い表情を浮かべていた。そればかりか、肩も小さく震えていたようである。
いったい何が起こったというのか……。ワルツはイブから回答が飛んでくるよりも先に、とある出来事を思い出した。
「(あ、そっか……。イブは前に、転移魔法陣を使って誘拐されたことがあったんだっけ……)」
かつてワルツがイブと出会った当時のこと。イブはエクレリアの者たちに誘拐されたことがあった。その際、エクレリアの者たちが転移魔法陣を使っていたのである。そのせいで、イブは転移魔法陣、あるいは魔法陣そのものにトラウマを持っているのではないか……。ワルツはそんな予測をしたようだ。
それを証明するかのように、イブは震える唇でこう言った。
「こ、これに乗れば、ワルツ様のところに行けるかもなんだ……ね……」
対するワルツは無理強いをするつもりはなかったので、別の方法を提案する。
「……まぁ、別にこれを使わなくても、エネルギアに頼めば飛んで来られるわよ?」
「う、ううん……。イブの我が儘でエネちゃんたちを動かすことは出来ないから、大丈夫かもだし」
「(大丈夫、ねぇ……。どこにも大丈夫なことなんて無さそうなのだけれど……)」
いったい何が大丈夫だというのか……。ワルツは喉元までその言葉が出かかっていたものの、口から出すようなことはしなかった。彼女はその代わりに、コルテックスへと顔を向ける。
対するコルテックスは、ワルツが何を言わんとしているのか分かったらしく、何も言わずにコクリと頷いた。彼女が察したワルツからの指示。即ち——イブの魔法陣恐怖症をどうにかする、というものである。ようするにトラウマの治療だ。
「荒療治になりそうですね〜」
「無理矢理はダメよ?」
「……えっ?何の話?」
「ううん。なんでもない」
「いえいえ〜。何でもありませんよ〜」
「な、なんか、悪寒がするかもなんだけど……」
ワルツとコルテックスが何かを企んでいる……。イブは直感的に、身の危険とも言える何かを感じていたようである。まぁ、実際に、彼女の身に危険が及ぶ可能性はゼロなのだが。
一方。その場にはルシアもいたわけだが、彼女もどういうわけか、冴えない表情を浮かべていたようだ。特に、イブと再開してから、時間が経つにつれて、彼女の表情はより一層、深刻なものへと変わっていく。
そして、話が一段落した他時。ルシアは遂に、その心の内を口にする。
「ねぇ、イブちゃん」
「うん?何?ルシアはちゃん」
「答えにくかったら答えなくても良いんだけど……どうして皆、私たちに、ミッドエデンを出て行った理由を聞かないのかなぁ……」
長い間、会っていなかったというのに、皆、理由を聞こうともしなければ、最近、何をしているのかも聞かない……。その不自然な反応が、ルシアとしては気になって仕方がなかったようだ。




