14.10-18 研究18
イブが、階段の陰で崩れ落ちていた少女——もといワルツに手を貸して、そしてワルツの工房前のスペースまで移動した後。
「ワ、ワルツ様がイブより小さくなっちゃったかもだし……」がくぜん
「あ、うん……よろしく」
驚くイブを前に、ワルツはボンヤリとした様子のままで投げ遣りな反応を見せた。最悪な展開になった……。そんなことを言いたげな気配が、彼女の身体から染み出していたようである。
しかしイブは、ワルツの反応には気付かない。
「はぁ……でも良かった。ワルツ様、無事だったかもなんだね!」
イブはそう言って、ワルツの事をギュッと抱きしめる。
対するワルツはイブよりも小柄だったこともあり、ただただ抱きしめられるだけ。その様子は、心配した姉が妹を抱きしめているかのようだった。
そのせいか、ワルツは、尚更に精神的なダメージを受けているようだった。年下のイブから向けられた、無垢で純粋な心配が、ワルツの心を苛んだのだ。やはり、ミッドエデン最強のメイド長の名は、伊達ではないらしい。
とはいえ、悪意があったわけではないことは確かだったので、ワルツはすぐに立ち直ったようだが。
「まぁ、無事ではないけど、無事ね。だけど、この姿になっていることは、他の人たちには内緒よ?」
「う、うん!分かったかもだし!ワルツ様、もうどこにも行かないかもだよね?」
イブはワルツに向かって問いかけた。彼女の一つ一つの問いかけに、ワルツは大ダメージを負っていたようだが、どうにか耐えきって……。そしてワルツは首を横に振った。
「ごめんね、イブ。もうしばらくは帰って来られそうに無いわ?」
「…………そう、かもなんだね」
イブはそう口にすると、ワルツを離して、一歩二歩と後ろに下がった。ゆっくりと、だ。それも名残惜しむかのように。
そして彼女は、努めて明るい表情を浮かべながら、ワルツに向かってこう口にする。
「イブ……ワルツ様が帰ってくるのをずっと待ってるかもだから……いつでも帰ってきて欲しいかもだし!」ニコッ
その今にも崩れてしまいそうなイブの笑顔を前に、ワルツの心は耐えきれなかった。
結果、彼女は、本来想定していなかった行動に出ることを決める。
「はぁ……仕方ないわね」
ワルツはそう口にすると、後ろをくるりと後ろを振り向いて、そしてエレベーター横のスペースに両手を向けた。そんな彼女の腕には、いつの間にか小さな小瓶が握られていて、その蓋は開けられていたようである。
その直後、小瓶から銀色の液体が飛び出し、ワルツの腕の周りをグルグルと渦巻き始める。魔法陣作成用のインクだ。
「お、お姉様?!まさか……」
「静かに!」
コルテックスが何かを言おうとしているのを制止させつつ、ワルツはインクの軌道を調整し、空中に魔法陣を作り出す。
そしてワルツはそれを——、
「ていっ!」
ペタッ……
——と地面に押しつけた。地面に魔法陣を転写したのだ。
「さすがは埃一つ落ちていない床ね」
ワルツそう言って満足げに目を細めると、空中に浮かんでいた魔法陣を再び小瓶の中に仕舞い込んだ。そして、最後の仕上げとして、魔法陣の規定の場所に青色のクリスタル——ルシアの魔力の塊であるアーティファクトを設置した。これで——、
「転移魔法陣の完成よ!」
——レストフェン大公国とミッドエデンが、転移魔法陣によって接続されたのである。それも、誰しもが使えるような形で。




