14.10-16 研究16
工房に侵入するための最後の砦。その存在は、ワルツの予想を超えて、鉄壁の防御を誇っていたようだ。
「〜〜〜♪」
犬の獣人の少女、もといミッドエデン王城代替施設名誉メイド長のイブが、ちょうどワルツの工房前で掃除をしていたのである。
しかも、念入りに、入り口の扉や床を拭いたりしているようで、なかなかそこから離れない。
「この地面にこびり付いた黒い汚れが取れないかもだし!」ゴシゴシ
「(それ、ブチルゴムが擦れたやつだから、取れにくいのよね……)」
階段を降りてきたワルツは、物陰で隙を狙いつつ、汚れが取れないというイブに同情する。
しかし、ここに来た目的をすぐに思い出し、彼女は心を鬼にして、どうにか侵入できないかと頭を回転させた。
「(相手はイブ一人。大した問題ではないのだけれど……でも、あの見た目で、コルテックスよりも強いのよね……)」
これまで幾度となくイブとコルテックス、あるいはその他の者たちは、衝突を繰り返してきた(?)。アトラスを巡る争奪戦争だ(?)。
その不毛な戦いにおいて、イブは全戦全勝を重ね、"最強"の名を手に入れていたのである。それが本当に最強なのか、あるいは単に運が良いだけなのか、ワルツには分からなかったが、いずれにしても、警戒すべき相手なのは間違いないと言えた。
「(イブもこちらに引き込んじゃうって手も無くは無いんだけど、ちょっと年齢がね……)」
現状、学院に入学するための最低年齢は12歳。イブは8歳。無理矢理特例を認めさせて入学したとしても、イブに負担が掛かってしまうのは間違いなかった。
ゆえに、ワルツは、イブをレストフェン大公国に連れて行くわけにはいかなかったのである。彼女の他、サキュバスの少女であるローズマリーや飛竜カリーナなども同じ理由で声を掛けられなかった。
そのことに後ろめたさを感じていたワルツは、イブに見つかることなく工房に入りたかったようである。しかし、普段なら手際よく掃除しているはずのイブは、今日に限って中々、掃除が進んでいない様子だった。
そればかりか、彼女の手は、ピタリと止まってしまう。
「はぁ……ワルツ様、元気にしてるかもかな……」
「っ!」
イブが零した声が、ワルツの耳に届く。ワルツはイブの事をあまり心配していなかったこともあり、イブが零したその言葉は、大きなダメージとなってワルツの心に突き刺さった。
「(心配させているのね……)」
このままでは良くない……。自分の半分ほどの年齢しかない少女のことを心配させている現状に気付いたワルツは、大きく心を痛めた。
結果、ワルツはイブの前に姿を見せようとするのだが、その直前——、
チーンッ
——エレベータの到着を知らせるベルが鳴る。
そして、エレベーターの中から出てきたのは——、
「あ、イブちゃん」
——寿司屋に行っているはずのルシアと——、
「律儀ですね〜。誰もいないというのに掃除をするとは〜」
——何故か同行しているコルテックスだった。
そんな2人は、エレベーターから降りるや否や、周囲を見渡して……。そしてイブに対して問いかけた。
「あれ?お姉ちゃん、来てない?」
「先に来ているはずなのですが〜……」
対するイブは、普段は垂れている獣耳をピンと一瞬だけ立てて、驚いたように声を上げた。
「ワ、ワルツ様、帰ってきてるかもだし?!」
そう言って、パタパタと尻尾を振るイブ。どうやらワルツの帰還を喜んでいるらしい。
そんなイブの様子を階段の陰から覗き込んでいたワルツは、益々、表に出て行けなくなっていたようである。申し訳なさと恥ずかしさが、彼女の足をその場に縫い付けてしまっていたのだ。
その間も、ワルツの精神を蹂躙するかのようなやり取りが続く。
ワルツあるあるなのじゃ。




