14.10-15 研究15
ワルツの工房は、王城代替施設の塔の最上階にあった。そこに辿り着くためには、一旦、屋上に上がり、そこからエレベーターか階段を使って、一つ下の階層に降りる必要がある。外壁からガラスを割って中に入ることも可能ではあったが、それをすると、下にいる人々に破片が当たる可能性を捨てきれないので、ワルツはその方法を採らなかったようだ。誰かを傷付けてまで侵入しようとは思わなかったからだ(?)。
ゆえに、ワルツは屋上までやってきた訳だが、彼女は一気に屋上に上がるようなことはしなかった。屋上の手前ギリギリで立ち止まると、その縁に掴まり、懸垂の要領でスッとそこから屋上を覗き込む。
その結果、見えてきたのは、思った通りの者たちの姿だった。
『ビクトールさんは夫役だからね?』
《犬役の方が良い?》
「犬役って何だよ……。っていうか、夫役っていうのも何だよ……」
「では私は姑役ですね」
『《ダメ!》』「おいやめろ!」
王城代替施設の屋上にあるのは飛行艇の空港、もとい空中戦艦たちの発着場である。つまり、エネルギアたちがその場にいたのだ。正確には、エネルギアmk1とエネルギアmk2、ビクトール、そしてエネルギア級3番艦を管理する元女神デプレクサの合計4人だ。
「(レストフェンにいるポテンティアを除けば、ほぼフルメンバーじゃない。運が悪いというか、何というか……。こんな高くて寒々しいところでお飯事なんてしなくても良いのに……)」
そんなことを考えながら、ワルツは同時に階段まで辿り着くための手段も考える。
とはいえ、階段、あるいはエレベーターに辿り着くのはそう面倒なことではない。両方とも塔の縁の方に作られていて、ワルツがぶら下がっていた場所のすぐ近くにあったからだ。縁を乗り越え、駆け込めば、ワルツなら1秒もしない内に乗り込めることだろう。
問題は、そこにいた者たちの反応速度と検知距離である。ビクトールを除けば3人とも、人ではなく、機械。アトラスに気付かれた時のように見られればすぐにバレる可能性が高かった。しかも、エネルギアとビクトールに関しては、ワルツが小さくなっている(?)ことを知っているのである。見られればそこで作戦失敗は不可避だと言えた。
「(機動装甲があればどうにでもできるのだけど……無い物ねだりをしても仕方ないわね……。ま、固まってくれているんだし、当初の予定通り行きましょ)」
ワルツは塔の縁にぶら下がったまま、背中のバッグから仮面を取り出す。特殊な仮面だ。内側からは外が見えるのに、外側からは内側は見えないという仮面で、上の方には尖った耳が取り付けられていた。模様は無いが、形状だけを言うなら所謂狐面だ。
ワルツはそれを顔に被った後で、もう一つバッグから小道具を取り出した。尻尾である。それも、フッサフサな狐の尻尾だ。どうやら彼女は、変装して乗り込むつもりらしい。
そして尻尾を腰に固定した後、彼女が最後に取り出した小道具は、筒状の何か。500mlペットボトルくらいの大きさで、レバーとピンが付いている緑色の何かだ。
彼女は筒に付いていたピンを口で挟んで引っ張り抜くと、2秒数えてから、エネルギアたちの方へと放り投げた。
『《……えっ?》』
「ん?」
「んなっ……」
パンッ!
乾いた音と共に、筒が爆ぜる。とはいえ、それ自体が大きな殺傷力をもって爆発したわけではない。
筒から飛び出したのは金属箔だ。それらは細かな紙吹雪のように飛び出すと同時に——、
バチバチバチッ!!
——と、紫電を帯びた。対マイクロマシン・ホムンクルス用のEMPグレネードだ。
その瞬間、エネルギア姉妹とデプレクサの動きがおかしくなる。
『んああああっ?!な、な、な……』
《つ、つ、通信がああああ?!》
「ピッ……オフライン」
「ちょっ?!どうしたんだ?!皆!」
急に自分以外の3人がおかしくなってしまった状況を前に、ビクトールは狼狽えた。まさか、本拠地である王城代替施設で襲撃を受けるとは思っていなかったらしい。
一方、突然の出来事で4人共が混乱している内に、ワルツは階段への侵入に成功していた。そして彼女は思う。
「(バレた可能性は……なさそうね。ごめんね?みんな)」
少々胸は痛むが、エネルギアたちが痛みを感じたわけではないはず……。ワルツは後ろを振り向くこと無く、真っ直ぐに階段を降りていった。




