14.10-14 研究14
王城代替施設の中を通り、工房に辿り着くための第一の難関は、検問の通過である。
「(私、何やってるのかしら……)」
真っ正面から普通に行けば良いと分かっているワルツだったが、いったい何を考えたのか……。彼女は検問を不正に通過するために、思考を加速しながら、門番たちの行動パターンを解析する。
「(5箇所検問があって、それぞれバラバラに検査しているのね。で、パターンはあるって言えばあるけど、それぞれのゲートで特徴はバラバラ、と。ってことは、一番隙のありそうなゲートを狙って侵入するしかなさそうね)」
こういう時、ホログラムシステムがあれば、透明になって通過出来るのに……。そう考えたワルツは、工房に出入りできるようになったとき、いの一番でホログラムシステムを修復しようと心に決めた。
「(何か気を引くようなものは無いかしら?爆発物はちょっとどうかと思うし、誰かを犠牲にするっていうのは論外だし…………うん。決めたわ)」
ほんの1秒にも満たない時間で、ワルツは行動を決める。
彼女は、検問に並ぶ人々の隙間を縫って歩きながら検問へと近付くと、そこで重力制御システムを使い——、
ガシャンッ!!
——窓ガラスをできるだけ大きな音が鳴るように割った。その瞬間、その場にいた者たちの視線が、一斉に窓ガラスへと向けられるので——、
シュタッ!
——ワルツはその一瞬のタイミングで、検問の隙間を通過した。そんな彼女の身体能力は、機動装甲を失っているとはいえ、人とは比べものにならないほどの高出力。しかも、重力制御システムにより身体を軽量化しているので、加速も最高速度も、さらには機動性も尋常ではなかった。
つまり——、
ギュウンッ!ギュウンッ!
——人の目には残像すら見えないほどの勢いで、移動することが出来たのである。それでも衛兵たちの注意を他の場所へと向けようとしたのは、念のためか、あるいは人の反応速度を甘く見ていなかったからか、それとももっと別に理由があったからか。
いずれにしても、ワルツは検問を突破することに成功した。しかし、彼女はそれで止まらない。
地表を飛ぶように走り抜けた彼女は、そのままの勢いで、建物の壁に到達した。そう、王城代替施設の建物内部に駆け込んだのではない。建物の壁にやってきたのだ。
そして彼女はその壁の前で急激に方向転換すると、速度はそのままに走り抜けた。具体的には、重力とは逆の方向。空へと向かって。ようするにワルツは、壁を走って登り始めたのだ。
重力を操る事の出来る彼女にとって、壁などあって無いようなものだった。障害物も滑り具合も距離も関係無い。力技で真っ直ぐに壁を登っていく。
彼女が検問所のガラスを割ってから、地上4階まで続く王城代替施設の共用区画を登り切るまで、掛かった時間はおよそ2秒。距離と高さを考えるなら、ほぼ一瞬で走り抜けたと言える時間である。
そのせいか、彼女の侵入に気付いた者はいなかった。走り去る際に生じる空気の流れも音も、重力制御システムで相殺済み。これでホログラムシステムさえあれば、彼女の存在に気付ける者はいなかったに違いない。
「(……やっぱ無理か。運が悪いわね)」
そう、ワルツは見つかってしまったのだ。彼女がやってきたのは、王城代替施設の中にあるカフェ『空中庭園』。そこに、あまり会いたくない類いの人物がいたのである。
「誰だ?」
そう問いかけたのはアトラスだった。コルテックスと共にミッドエデンを動かす弟分のホムンクルス。単純な戦闘力なら、ミッドエデン最強と言える人物である。どうやら空中庭園で休憩していたらしい。
彼は、人ではなかったゆえに、ワルツの侵入に気づけたようだ。ただ、ワルツの動きが凄まじく速かったためか、彼は姉の事を正しく認識できていないらしく……。ワルツの事を侵入者だと思い込んでいるようだった。
そんな弟に対し、ワルツは——、
ブゥンッ、ドスッ!
「がはっ?!」
——瞬くよりも短い時間で、後ろから距離を詰め、後頭部に激しい一撃をお見舞いした。アトラスが壊れないギリギリの打撃を繰り出したのだ、
その結果、アトラスはその場に崩れ落ちるのだが、ワルツは彼の膝が地面に付くよりも先に——、
ブゥンッ!!
——再び走り始めた。彼女が向かう先は、天高く聳え立つ、六角形型の塔。アトラスを攻撃した以上、コルテックスや他のメンバーたちが出てくるのも時間の問題だと思ったらしい。
結果、彼女は可能な限りの速度で、再び壁を直角に走り始めた。そして彼女は難なく屋上に辿り着くのだが……。そこにはワルツが予想した通りの者たちが、待ち構えていたようである。
妹からも姉からも虐げられるアトラスなのじゃ。




