14.10-08 研究8
「あ、ごめん!お姉ちゃん!何か間違えた!」
「『え゛っ?!』」
ワルツとポテンティアは耳を疑った。ルシアの口から一番出てきてはいけない言葉が出てきたからだ。ルシアが間違える……。それは、下手をすれば、世界の崩壊に繋がるかもしれないからだ。
ゴォォォォ!!
「ひょあっ?!」
「ふあっ?!」
『た、退避!!』
魔法陣が見たこともないような極彩色の光を放った様子を見て……。ワルツは言葉にならない声を発しながら急いで走ってルシアを担ぎ、ポテンティアがマイクロマシンを使って、その場に防壁を作り出す。そんな彼女たちの頭の中にあったのは、数ヶ月前にエンチャントの実験をした際、過去に跳ぶ効果のある通称"アーティファクト"を偶然作り出したことだ。そのせいで、ワルツたちは数ヶ月ほど過去の世界を彷徨うことになったのだから、今回も似たような状況になるのではないかと焦るのは自然な反応だと言えた。
「(そういえば、大量に作ったあのアーティファクト……機動装甲と一緒に異相空間に置いてきたのよね……。どうなったのかしら?)」
ワルツは退避しながら、そんな事を考えていたようだが、考え込むよりも目の前のことに優先すべきだと思ったのか、すぐに思考を切り替える。
そんな時だ。
ブゥン……
魔法陣の上にあった石ころが忽然と姿を消したのは。
その直後——、
ズドォォォォン!!
——天井の方から大きな音が聞こえてくる。その際、出口側の魔法陣は赤く輝いて——いや、正確に言えば、魔法陣が書かれていた岩盤を赤熱させていて、何かしらの動作をしたような様子だった。
「あ、やっば……」
天井を見上げたワルツは唖然とする。天井の一部が罅割れていて、パラパラと崩れてきていたのだ。しかもそこには小さな穴が空いており、その向こう側が見えるような状態。つまり、天井に穴が開いていたのである。30mほどの厚みの天面に穴を開けるほどの何かが起こったらしい。
落ちてくる小石を重力制御システムで受け止めながら、ワルツは推測を口にする。
「早すぎて全然見えなかったけど……さっきの石、転移魔法陣の出口側からものすごい勢いで発射されたみたいね……。いや、発射、って表現が正しいのかどうかは分からないけどさ?」
本来、転移魔法陣とは、物を運ぶだけで終わりのはずだったが、ルシアが魔力を込めすぎると、物を運ぶだけでなく、運動エネルギーも付与してしまうらしい。例えるなら、砲弾のように。
「これはこれで使えるけど……魔力の込めすぎには注意した方が良さそうね」
「う、うん……」
『そ、そうですね……』
下手をすれば、転移しようとした人を弾丸のように射出してしまうかも知れない危険極まりない魔法陣など、はたして使い物になるのだろうか……。ルシアもポテンティアも、その実用性を疑うかのように、しょんぼりとした表情を浮かべていたようだ。
だが、少なくともワルツは諦めていなかったようである。
「まぁ、実験に失敗は付きものよ?もう一度、試してみましょ?エクレリアの連中は、ちゃんと使いこなしていたんだから、魔法陣に注入する魔力を抑えれば上手くいくはずよ?……多分ね」
「うん……分かった」
『承知しました』
ワルツに諭されたルシアとポテンティアは、転移魔法陣の再実験の準備を始めた。
なお、ワルツたちの周囲には、この事件の直前までは人だかりが出来ていて、ジョセフィーヌやマリアンヌなどは事情を聞こうとワルツたちのところに近付こうとしていたのだが、今では人っ子一人いなくなっていたようである。強いて言えば、家の物陰などに姿を隠して様子を伺っている者が多数いたようだが、ワルツたちに話しかけようとする猛者(?)は、誰もいなかった。近付けばどうなるのか、皆が理解したのだ。……次は自分が天井に向かって射出される番かも知れない、と。
こうしてワルツは、誰からも割り込まれることなく、実験を継続することが出来たのである。
なお、この時の妾は、出所不明の悪寒を感じておった模様。




