14.10-07 研究7
ワルツの周囲で銀色のインクが渦を巻く……。雪よりも細かく、そしてキラキラと輝くインクの姿は、まるで魔法で光を操っているかのよう。そこに魔法は一切関与していなかったが、皆がこう思ったようだ。……なんと美しい魔法だろうか、と。
一方、重力制御システムによりインクの軌道を計算していたワルツは、作業の佳境を迎えて、頭を働かせていたようである。
「(小さくても行けるのかしら?っていうか、そんなに大きくしても、書く場所がないのよね……)」
地面にはゴツゴツとした岩か、地上から運び込んだ土が置かれていて、魔法陣が書けそうな場所は限られていた。真っ平らな場所がないわけではなかったが、精々30cm四方くらいが限度だ。
ワルツは仕方なく、その小さな岩場に魔法陣を描くことにしたようで、岩場目掛けて手を掲げた。すると、彼女の身体を中心に渦巻いていた銀色のインクが、今度は彼女の腕を中心に渦巻き始めて……。そして空中で、魔法陣の形を作り出す。
「「「「『…………』」」」」ぽかーん
空中に浮かぶ魔法陣を前に、ワルツを手伝っていたルシアも、ポテンティア、あるいは遠目から見ていたジョセフィーヌやマリアンヌたちも、皆、目を奪われた。いったい、どんな魔法を使えば、空中に絵が浮かぶというのか……。大多数の者たちは、それが魔法ではなく科学であることに気付かずに、その美しさに感動していたようである。
対する、ワルツは、皆の視線を集めているとは露知らず……。そのまま作業を続けた。
「ほれっ……と!」
ワルツは宙に浮いた魔法陣を、岩場にそっと触れさせた。雰囲気としては、印鑑のようなものだと言えるかもしれない。インクの量が多くなかったので、1回しか使えなかったようだが、もっとインクがあれば、何度も複製することが出来る事だろう。
「はい、完成。まずは1つ目ね」
魔法陣を書き終えたワルツは、再び容器の中のインクを周囲にまき散らす。彼女が書いていた魔法陣は、転移魔法陣なので、入り口と出口で合計2つ、書く必要があったのだ。
そして同じ事を繰り返して、彼女は2つの魔法陣を書き終えた。その後、彼女は、ルシアたちの方を振り向いて聞く付く。……自分の行動が皆の視線を集めていたことに。
「……ハッ?!」
「お姉ちゃん……すっごく綺麗だった!」
『まるで魔法のようでした。なんと言いますか……イリュージョン魔法?』
そう感想を口にしたのは、近くにいたルシアとポテンティアだ。他の者たちも感想を言うためか、あるいは事情を問いかけるためか、近付いてこようとしている様子だ。
それを見たワルツは、褒められることに慣れていないためか、慌てて話題を切り替える。
「ま、まぁ、待って?まだ実験は終わっていないから。っていうか、これからが本番よ?」
と言いつつ、彼女は地面の魔法陣の前でしゃがみ込み、そしてルシアに言った。
「ルシア?これに魔力を注入してくれる?」
そう言いながらワルツが魔法陣の上に置いたのは、その場に落ちていた石ころ。その石ころを転移の実験に使うらしい。
対するルシアは、姉の意図を読み取ったのか、そのまま魔法陣へと魔力を込めた。
「どのくらい込めれば良いのかなぁ?」
「とりあえず、入るだけ入れれば良いんじゃない?」
「ふーん。嫌な予感しかしないけど、お姉ちゃんがそう言うのなら、やってみるね」
今まで自重せずに魔力を使って、物事が良い方向に向かった試しはない……。ルシアがそんな事を思いながら魔力を込めていると、今度はポテンティアがワルツに問いかけた。
『ワルツ様。ひとつ伺いたいことがあるのですが……』
「何?」
『なぜこのような小さな魔法陣にしたのですか?僕が見た魔法陣は、もっと大きかったように思うのですが……』
「いや、だって、書く場所がないじゃん」
『それなら、ワルツ様が魔法陣を空中に浮かべたまま使えば良いのでは?』
「そんなことをしたら実験にならなくて、私が転移……ハッ?!」
ワルツが何かに気付いた——その瞬間の事だ。
「あ、ごめん!お姉ちゃん!何か間違えた!」
ルシアが不意にそんな事を言い出したのである。




