14.10-05 研究5
その日の夕方、学院で教職員会議が開かれ、いくつかの大きな議案について話し合われたようである。その内の2つは、ワルツたちも知っている事。マリアンヌが入学試験の承認と、ジョセフィーヌが学院を去ることの周知だ。
その他にもう一つ、教職員会議では大きな議題があったようだが、そのことについてワルツたちは知らず……。明後日、学院に行って判明することになる。
それはさておき。学院から戻ったワルツたちは、この日は学院以外に寄り道はせず、大人しく(?)家に戻ることにしたようである。学院に言っている間にできないことを、この休日のうちに片付けることにしたのだ。
中でもワルツには、やるべきことが山積していた。その一つが、工房の拡充である。ミッドエデンからレストフェンに移動してきて日が浅いこともあり、設備は未だ不十分。その上、彼女は機動装甲を失ったことにより、大部分の能力を制限されているのだから、なおさらに工房の拡充は急務だと言えた。
幸いだったのは、その場にルシアがいた事だろう。彼女がいれば、強力な魔法を使えるので、材料集めには困らないからだ。
あるいはポテンティアがいた事も、ワルツにとってはプラスに働いたと言えるだろう。彼はマイクロマシンの集合体。小さな部品を作る場合は、彼に頼めば簡単に出来上がるからだ。
「……あれ?私、工房を作る必要あるのかしら……」
「うん?お姉ちゃん、今、何か言った?」
『工房が云々と聞こえた気がしますが……』
「ううん。なんでもないわ」
自宅でルシアとポテンティアに協力してもらえるよう打診していたワルツは、首を振って自身の考えを否定する。工房の拡充には、機械加工系の機材だけではなく、電子部品の製造設備や、埃が付着しないようにするクリーンルームなどといった高度な設備も必要だったことを思い出したのだ。
「(機動装甲があったころは、なんとか力技で片付けていたけれど、今のこの身体で設備を作るって、ちょっと難しいのよね……)」
時間を掛けて作るくらいなら、いっそのこと、ミッドエデンにある工房に戻って作業した方がいいのではないか……。そんなことを考えていたワルツは、急に、ピコーンッ、という効果音が聞こえそうな勢いで、顔を上げた。
「あ、そうだ!」
『「えっ?」』
「転移魔法陣って、私たちの手で作れないかしら?ほら、エクレリアの連中が使っていたあの地面の落書きみたいなやつ」
「えっと……?」
急に姉は何を言い出すのか……。ルシアは思わず首を傾げた。
一方、ポテンティアは、ワルツが何を言わんとしているのか、すぐに理解したようである。
『あぁ、なるほど。つまり、わざわざ工房の機器を拡充するのではなく、ミッドエデンにあるワルツ様の工房とこことを繋いでしまう、ということですね?』
「そうそう。多分、今の私じゃ作れない——というか作るのに時間が掛かるものとか、たくさんあると思うのよ。だったら、ある程度設備が揃っているミッドエデンの工房とここの工房とを繋げて、いつでも好きなときに向こうとこっちを行き来できるようにすれば楽じゃない?って思ったのよ」
『なるほど……』
と、ポテンティアは相づちを打ちつつ、ルシアへと視線を向けた。というのも、ワルツたちがレストフェン大公国に来ているのはルシアの家出(?)がきっかけだったわけだが、転移魔法陣でミッドエデンとレストフェンとを繋いでしまえば、家出の意味がなくなるからだ。
ワルツもルシアの反応を静かに見守っていたようである。彼女は、当初、自分の発言の意味に気付いていなかったようだが、ポテンティアの視線を見て気付いたらしい。
そして当のルシアは、というと——、
「んー、魔法陣を書く薬は、前にエルフのアルファニアさんに教えてもったから分かるけど……あの地面の模様までは覚えてないよ?意味も分かんないし……」
——姉たちが気を利かせていることに気付いていない様子だった。
「『…………』」
「……うん?何?」
「……ううん。なんでもないわ」『何でもありません』
「そ、そう?なんか変なの」
ワルツとポテンティアは、ルシアの反応を見て、内心で安堵していたようである。以前はミッドエデンに帰りたくないという旨の発言をしていた彼女だったが、今では随分と安定しているように見えたからだ。
この分だとその内、ミッドエデンに帰れる日も来るかも知れない……。そんな事を考えながら、ワルツは少しだけ嬉しそうに口を開いた。




