14.10-03 研究3
「ちょっと話を付けてくるから、皆はここで待っていてくれるかしら?」
「「「『えっ?!』」」」「……えっ?」
「マリアンヌは呼んだら来てもらえると助かるわ?」
「分かりましたわ……?」
ガチャッ……
「失礼します」
ワルツは珍しい事に、1人だけで学院長室へと入室した。どうやら、彼女の中で、マグネアの存在は、人見知りの対象にはならないらしい。
そんな学院長室の中には先客がいて、マグネアと話していたようである。どこかで見たことのある人物だ。具体的には、今この瞬間、ワルツの目の前にいる人物にとても似ている人物だった。
「あれ?もしかして、学院長のお姉さんですか?」
マグネアとよく似ていて、しかし彼女よりも遙かに身長が高く、大人に見える女性。そんな人物のことが、ワルツには、マグネアの姉に見えたらしい。尤も、マグネア自身が孫のミレニア並みに若作りしているので、見た目通りの年齢とは限らず、確証は持てなかったようだが。
実際、ワルツの予想は外れていたようだ。
「この者は私の娘ですよ。ワルツさん」
「あっ……(娘さんはまともな見た目をしているのね……)」
「……今、とても失礼なことを考えませんでしたか?」
「……いえ、そんな事はありません。断じて」
世の中には色々な見た目の人物がいる……。ワルツは自分の思考をオブラートに包みながら、マグネアに対してそう返答した。
一方、マグネアの娘だという女性は、どういうわけかワルツの事を値踏みするかのように見た後で——、
「じゃぁ、母さん——いえ学院長。さっきの話、検討をお願いしますね?」
——そんなことを言って、ワルツの横を素通りして、外に出ていこうとする。この瞬間の彼女は、まるでワルツの事が見えていないかのようだった。ワルツにはまったく興味がない、といった様子だ。
むしろ、この時、彼女の興味は、扉の向こう側に向けられていたようである。何やらギラギラとした視線を扉へと向けていたのが、その証拠だ。とても嬉しそうな表情だったとも言えるかも知れない。
それに気付いたワルツは、思わず小さく呟いた。
「(ポテンティア。その場から緊急撤退。最優先)」
その瞬間——、
ドゴゴゴゴッ!!
——と扉の向こう側が騒がしくなる。
その気配に、女性もマグネアも眉を顰めるが——、
ガチャッ
「……?誰もいない……?」
——女性が扉を開けて外を見る限りは、大きな音と振動が伝わってきた原因と思しき事象も証拠も見られず……。かつ、ルシアたちの姿もそこからいなくなっており……。彼女は眉を顰めて首を傾げた後、チラリとワルツの事を一瞥してから、立ち去っていった。
そんな女性のことを見送ってから、ワルツはマグネアに問いかける。
「あの人、本当に学院長室の娘さんですか?こう言っては失礼かも知れませんが、気配がとても冷たいというか……」
ワルツがそう口にすると、マグネアは困ったような表情を見せつつ、内心を少しだけ吐露した。
「あの子のこと……ミネルバのことを、研究一辺倒になるよう育ててしまったのが原因かもしれません」
どうやら女性はミネルバと言う名前らしい。
「もしかして、ミレニアのお母さん?」
「えぇ、そうです。彼女は……いえ、この話はもう良いでしょう。ところで、何の用です?」
マグネアは家族についての話題を切り上げて、単刀直入に問いかけた。
それに対し、ワルツは、一瞬、自分の目的を忘れていたのか、考え込むような素振りを見せた後で、返答を始めた。
「えっと、もう一人分、入学の許可を貰いたいのですが」
「……また、ミッドエデンの関係者ですか?」
「いえ、違います。エムリンザ帝国の人です」
「……ワルツさん。エムリンザ帝国は、レストフェン大公国と敵対的な関係にあります。そのような国の方を受け入れるというのは——」
「第一皇女なんですけれど、それでもダメですか?」
「……どうしてあなたたちは、いつも面倒な問題ばかりを持ち込んでくるのでしょうね……」
マグネアはそう言って、文字通り頭を抱えた。相手の立場が立場だったので、マグネアだけの判断ではどうにもならなかったようである。




