14.10-02 研究2
マリアンヌにとって、学生になるというのは、寝耳に水どころの騒ぎではなかったが、成り行き的に拒否できず……。
「(……まぁ、いいですわ)」
外を比較的自由に出歩ける可能性があったので、彼女は学生になる事を受け入れることにしたようだ。
というわけで。
「ハイスピア先生。学生、もう一人追加ね」
次の日はまだ休みだというのに、一行の姿は学院にあった。具体的には、ハイスピアの教員室の中だ。
「えーと?ごめんなさい。ワルツ先生。ちょっと理解が追いつかないのですが……」
いつも通り、急すぎるワルツの申し出に、ハイスピアは面食らう。
ただ、ハイスピアの場合は、以前にもポテンティアが入学した際に似たような状況があったので、そこまで大きく混乱はしなかったようだ。
「つまり、そこにいる方を学生として入学させて欲しいと言うことでしょうか?」
「うん。そういうこと」
「……ワルツ先生。あまりこういうことは言いたくないのですが、ワルツ先生の意向で、頻繁に新しい学生を向かい入れるというのは、あまりよろしいことでは——」
「あぁ、ちなみに彼女、エムリンザ帝国の第一皇女ね」
「 」
ハイスピアは、不思議な表情を浮かべながら固まった。例えるなら、話している途中の人をカメラで撮ると、変な表情をした写真が撮れるのと似ていると言えるかも知れない。ようするに、ハイスピアは、話している途中の姿のままで固まったのである。
それも仕方のないことだと言えよう。新しく学生として迎えたいという学生は、泣く子も黙るエムリンザ帝国の皇族なのだ。そんな彼女の入学を本人の前で、認められない、などという旨に近い発言をしてしまったのだから、ハイスピアの頭は錯乱状態になって当然。この時の彼女が、唯一、採ることのできる選択肢は——、
「……すみません。ワルツ先生。今、何と仰られたのか、もう一度、言っていただけますでしょうか?」
——自分の耳を疑うというものだった。
「ん?いや、彼女、エムリンザ帝国の第一皇女で、私たちと一緒にウチから通うことになる、って話」
「 」
再びハイスピアは固まった。今度は銅像のようだ。むしろ、今の彼女は銅像か石像のようになりたかったに違いない。そうすれば、余計なことは考えなくて良いのだから。
結果——、
「……え、えへ……えへへ♪」ゆらゆら
——いつも通り(?)ハイスピアの精神は崩壊した。
◇
「……あの先生の反応は、入学しても良いということなのでしょうか?私には、錯乱していたようにしか見えませんでしたけれど……」
「実際、そうじゃないかなぁ?ハイスピア先生、受け入れられないことがあるときは、いつも大体ニコニコするし……」
「かわいそうに……。この数週間の間に、ハイスピア殿の寿命は数百年単位で短くなったに違いないのじゃ」
「……?錯乱すると寿命は短くなるんですか?」
『人という生き物は、ストレスを受けると、寿命が短くなると伺っています。恐らくはハイスピア先生も該当するのではないかと思います(まぁ、エルフですけど)』
「ちょっと、みんな。なんか、私がハイスピア先生の寿命を短くしたかのような言い方じゃない?それ」
「「「「『…………』」」」」
ハイスピアからまともな返答が戻ってこなくなったところで、ワルツたちは彼女の部屋を出た。ワルツたちとしては、ハイスピアに入学の手続きをして欲しい所だったが、彼女が使い物にならなそうだったので、仕方なくプランBを実行することにしたのだ。
次にワルツたちが向かっていた場所はどこか……。ハイスピアよりも上位の権限を持った人物の場所、といえば、分かってもらえるだろうか。
コンコンコン
「学院長、少しお時間よろしいでしょうか?」
ワルツが叩いた扉には学院長室と書かれていた。ようするに、彼女たちがやってきたのは、学院長マグネアの部屋である。ワルツはマグネアに直談判する気でいたのだ。普段の彼女は人見知りが激しいというのに、相手が知人だった場合は、立場を気にすることなく接する事ができるらしい。
そして——、
『……えぇ、すこしであれば。入って下さい』
——部屋の中から飛んできたマグネアの返答を聞いたワルツは、その扉を開いたのである。
……その向こうに予想だにしない人物がいることなど、微塵も考える事なく。




