14.9-45 遭遇45
色々と問題のありそうな部屋に隠れていた領主を見つけ出したルシアは、目を瞑って額に手を当てた。やってしまった……。彼女は何も喋らなかったが、その表情は明らかに後悔の色を浮かべていたようである。
とはいえ、扉を破壊したことで、言葉にするのが躊躇われるような居たたまれない状況になっていたかというと、そういうわけでもない。領主が"お手洗い"と書かれた部屋にいたのは、ワルツたち一行から逃げようとしてのことだったからだ。そう、領主の館のトイレには、屋敷からの脱出するための経路が隠されていたのだ。
では領主はなぜ、他の者たちのようにさっさと逃げなかったのかというと、自分以外の者たちを逃がそうとした結果だったようである。館には、やはり少なくない数の人々がいて、彼らが逃げるためには、相応の時間が掛かってしまうので、彼が囮になり、皆を逃がそうとしたのだ。
本来であれば、彼は、ジョセフィーヌを討ち取るつもりでいたのである。ところが、ジョセフィーヌが得体の知れない空中戦艦でやってきたせいで、計画が大幅に狂い、交戦したところで、勝てる見込みは恐らく皆無。話し合いなど微塵も考えていなかった領主や、その関係者たちは、自分たちが処刑されると思い、尻尾を巻いて逃げるしか無かった、というわけだ。
「くっ!ここまでか!」
「いや、まだ何も始まってないし……」
ライオネル領の領主を前に、ワルツはボソリと零してしまう。彼女から見て、領主は、ただトイレに引き籠もっていたようにしか見えず、抗戦をしていたわけでも、議論を重ねていたわけでもなかったのだ。いったい何がここまでだというのか……。彼女には分からなかったらしい。
そんな彼女の言葉に、ジョセフィーヌも続く。
「えぇ、そうです。何も終わっていませんし、何も始まっていません。ライオネル侯爵。私たちは話し合いをしに来たのです」
と、言いつつも、壊れたトイレのドアに目を向けるジョセフィーヌ。その間も、屋敷内の別の場所では——、
ズドドドドドンッ!!
——と次々に、ルシアの魔法によって扉が破壊されていく音が響き渡っていて……。何も知らない領主からすれば、空中戦艦ポテンティアが攻撃をしてきているかのように聞こえていたようである。もしかすると、実際にポテンティアが砲撃するよりも被害は大きかったと言えるかも知れない。
「……ア嬢よ。あの音、止められぬのかの?」
「ごめん。(屋敷の扉を全部開け)終わるまで、止めらんない……。無理に止めたら、間違えて建物を吹き飛ばしちゃうかも知れないし……」
「「「…………」」」
ジョセフィーヌは、聞こえてくる音を、努めて無視することにした。その音の正体や、トイレの扉が吹き飛んだ理由を説明すると、尚更に領主が誤解(?)してしまう可能性があると考えたらしく……。彼女は聞こえてくる音については一切触れずに、領主に向かって手を差し出した。
「さぁ、ライオネル侯爵。当初の予定通り、話し合いをしましょう」
その発言が、ライオネルを刺激したくないがための発言だったのか、それとも他に何か意図があっての発言だったのかは定かでない。ただ、ジョセフィーヌは、轟音と爆音が響き渡る屋敷の中で、涼しい表情を浮かべながら、領主に向かって静かに手を差し出し続けた。
対する領主は、ジョセフィーヌの言動を前に、顔を青ざめさせていたようである。彼にはジョセフィーヌが、こう言っているようにしか聞こえなかったのだ。……すぐさま、自分の下に付かなければ、この屋敷を街ごと吹き飛ばすぞ、と。
「……参りました」
領主は折れた。今の自分のやり方では、守りたいものも、味方も、すべてを失ってしまうかも知れない事に気付いたのだ。
ただ、そんな彼の返答を聞いたジョセフィーヌとワルツは、どういうわけか首を傾げていたようである。
「「ん?参る……?」」
どうやら2人とも、領主のことを精神的に追い詰めていたことに気付いていなかったらしい。




