14.9-43 遭遇43
結局、領主の館までジョセフィーヌたちが歩いて行っても、誰一人として出迎えることも、襲い掛かってくることもなかった。まるで、兵士など最初からいなかったかのように。
「こんなザル警備で、敵意が無いんだったら、私たちが来る必要はなかったわね」
拍子抜けだったためか、ワルツは小さく溜息を吐く。彼女としては、ジョセフィーヌたちが罠に嵌められて暗殺されるのではないかと考えて、ここまでジョセフィーヌに同行してきたわけだが、今、彼女の中では、その予想が大きく崩れかかっていたのである。
そもそも、ジョセフィーヌが襲われそうになっていると言っていたのは誰だったか……。ワルツはその最初の人物を思い出して、虚空へと向かって呼びかけた。
「……ポテンティア。これ、どうなってるのよ。全然、襲ってくる気配なんてないじゃない?」
ワルツがそう口にすると、黒い虫たちの姿はどこにも見えなかったが、ポテンティアの声がどこからともなく飛んでくる。ちなみに現在、彼本人は、マリアンヌと共に空中戦艦の中で留守番中だ。ワルツたちがライオブルクの町に行っている間に、船体にイタズラをされないとも限らなかったので(?)、大人しく待っていることにしたのだ。……ジョセフィーヌと共に行動するのが難しかったマリアンヌに付き合って留守番をしている訳ではない——はずだ。
『それは幸いなことです。ただ、勘違いされているようなので申し上げますが、ジョセフィーヌ様に反旗を翻す者たちは間違いなくこの地にいたと思われます。恐らくは、ワルツ様が僕のからd……船を使って、兵士たちを追い回されたせいで、皆、怖がって逃げてしまったのではないのでしょうか?』
「いやいや、まさか、あの程度で?」
『えぇ、そうですとも。あの程度で』
ポテンティアの肯定に、ワルツはガクッと項垂れた。原因が自分の行動だったことに、今更になって気がついたらしい。
とはいえ、いつまでも気にするようなワルツではないが。
「……まぁ、やってしまったことはしゃぁないわね!」
ワルツは開き直った。人見知りの激しさでは、他の追従を許さない彼女だったが、開き直りの速さも、群を抜いていたのである。
一方、彼女の隣に立っていたルシアやテレサは、何かもの言いたげな表情を浮かべていたようだ。恐らく彼女たちは、こう言いたかったに違いない。……仕方がない、で片付けて良いのだろうか、と。とはいえ、ワルツの他人を鑑みない行動(?)は今に始まった事ではなかったためか、2人とも沈黙を貫いたようである。おそらくは、ポテンティアも同じ事を考えていたのではないだろうか。
「とりあえず屋敷に上がらせて貰いましょ?せっかく来たんだし、もしかしたら、ここの領主が待っているかも知れないわ?……一人だけで」
その場にいたほぼ全員が、そんな馬鹿なことがあるか、とツッコミを入れそうになる。
そんな中でワルツと同意見の者が現れた。ジョセフィーヌだ。
「えぇ、そうですね」
「「『えっ』」」
「ん?何か?」
『……』
「「……」」ふるふる
ルシアとテレサは首を横に振る。ポテンティアもだんまりだ。ジョセフィーヌも自分たちと同じ側の人間——つまり、ワルツの行動に時々疑問を覚えて複雑な気持ちになる人間だ、と3人共が考えていたのだが、どうやらその予想は間違いだったらしい。むしろジョセフィーヌの思考は、ずっとワルツ寄りだったようである。
「では、中に入ってみいましょう」
ジョセフィーヌは率先して、皆の前を歩くと、領主の館の扉を叩いた。
ガンガンガンッ!!
「ジョセフィーヌです。入りますね」
ガチャッ
返答など聞かずに、ジョセフィーヌが扉を開く。ただ、流石に攻撃を受ける可能性を考えていたのか、彼女の手にはいつの間にか自動杖が握り締められていたようだ。学院で最近開発されたばかりの最新鋭の自動杖だ。
だが、やはり、館の中からの攻撃はなかった。館の中ももぬけの殻で、人の気配が無かったのである。
「おや?誰もいないようですね……」
「領主も逃げちゃったのかしらね?たぶん……自分たちの行動に何か後ろめたいことがあって、ジョセフィーヌが来ることを知って、逃げ出したのよ。きっと」
「「『(ないない)』」」
「会合の場を開くという合意を取ったというのに、逃げ出す、と?……これは厳罰に処さなければならなそうですね」
「「『…………』」」
ルシアたちは、再び閉口した。そして、こう思う。……ジョセフィーヌをワルツと共に行動させておくと、トンデモないことになるのではないか、と。




