14.9-42 遭遇42
ポテンティアから降りたワルツたちのことを出迎えたのは、恐怖の色に染まったライオブルクの町の一般市民たちだった。会談に参加する領主たちを護衛するために集まった兵士たちや、町を守るためにいるはずの兵士たちの姿はなく……。まるで、いけにえのごとく差し出されるように、守り手不在の町が、ワルツたちのことを出迎えた。
そんなライオブルクの地へと最初にポテンティアから降り立ったのは、ジョセフィーヌの近衛騎士たちだった。そんな彼らの後を、騎士団長のバレストルと、ジョセフィーヌ本人が続き……。そして、ジョセフィーヌの後ろを――、
「…………」きょろきょろ
「お姉ちゃん、落ち着いて」
「妾の魔法がワルツに効けば、その病を克服させることができるのじゃがのう……」
――と、ワルツが挙動不審な様子で周囲を見回しながら、ルシアやテレサとともについていく。どうやらいつもの病(人見知り)が発症したらしい。
しかし、ワルツとしては、いつも通り、病の存在を認めるつもりはなかったようだ。
「ちょっと、テレサ?病って何よ?これは病気なんかじゃなくて、ただの気質なんだから、誤解しないでよね?」そわそわ
「き、気質?気質のう……」
とテレサが、微妙そうな反応を見せていると、前を歩いていたジョセフィーヌがおもむろに立ち止まった。具体的には、ライオブルクの正門の前で。
そんな彼女よりも、一歩前に進み出る人物が現れる。騎士団長のバレストルだ。彼は、開け放たれたままの正門に向かって、大きな声を上げた。
「ジョセフィーヌ大公閣下のご到着である!」
国のトップの到着なのだから、本来であれば、町の者たちはしかるべき対応をするはずだが、前述のとおり、町には、事態をよく知らない市民たち以外に誰もおらず……。バレストルは、主たるジョセフィーヌの権威が失墜することを気にして、敢えて声を上げたらしい。
しかし、やはり、来客に対応するはずの兵士たちからの返答は無い。正門には誰もいないかのようだった。実際、誰もいないのだろう。
「……おかしいですね」
ジョセフィーヌは思わず眉を顰める。彼女の大公歴の中で、今回のように誰も対応をしてこない出来事は、一度もなかったのだ。
ゆえに、彼女は、こんな可能性を疑ってしまう。
「まさか、誰かに襲われた……?ですが、先ほどは確かにいたような気が……」
空中戦艦ポテンティアの中で見た景色を思い出しながら、ジョセフィーヌが首を傾げた。
すると、何か思い当たる節でもあったのか、バレストルの視線がポテンティアの船体へと向けられた後、その視線はそのままワルツたちの方へと向かう。
「……なんでこっちを見るのよ?」
「……いえ、なんでも」
いまいち、ワルツとの距離感を取りかねていたせいか、バレストルは余計な事を言わず、ワルツたちから視線を逸らす。この時、彼は、ワルツたちに対して、こう言いたかったに違いない。……この町の兵士たちや人々が近付いてこなかったり隠れてしまったり、あるいは逃げてしまったのは、ワルツたちが戦艦ポテンティアを使い、嬉々としてライオブルクに集まった兵士たちを追いまわしたせいなのではないか、と。
対するワルツは、バレストルの反応が気に入らなかったのか、不機嫌そうな様子で眉を顰めると、話をごまかすようにして、ジョセフィーヌへと促した。
「ここで立っていても仕方ないし、先に進みましょ?ジョセフィーヌ。領主の屋敷まで歩いていけば、そのうち、迎えの一つや二つくらい来るわよ」
それを聞いていたジョセフィーヌは、大公としてのメンツに影響がないかを考えるが、師と仰ぐワルツの言葉だったこともあって——、
「……わかりました。仰せのままに、先に進むことといたしましょう」
――ジョセフィーヌはワルツの提案にうなづいた。
それからジョセフィーヌが歩き始める。この時、彼女の近衛騎士たちは動けない者が多かったようだ。ライオネル家からの迎えを待つのだと考えていた者が多かったのだ。
結果、一行の先頭を大公たるジョセフィーヌが歩く形になる。もはや、護衛という言葉は意味を成していない。
「ジョ、ジョセフィーヌ様!」
我に返ったバレストルが、慌ててジョセフィーヌのことを追いかける。彼女との位置関係は、ポテンティアから降りた時とは真逆だ。
彼は、ジョセフィーヌの名前を呼んで、彼女の事を呼び止めようとするが、ジョセフィーヌに止まる様子はない。というより、すでにジョセフィーヌの眼中には、騎士たちの姿は映っていなかったらしく……。
「ワルツ先生。もう、人見知りをするのは終わりですか?」
「だ、だから、言ってるじゃない?私は人見知りなんてしてないんだから。た、ただ……ちょっとばかり恥ずかしがり屋なだだだだけよ?」がくがく
「(それを人見知りが激しいって言うんじゃないかなぁ……)
「(難儀じゃのう……)」
ジョセフィーヌ、ワルツ、ルシア、テレサの4人は、横並びで、すたすたとライオブルクの中へと歩いて行ったのである。それも、困惑する騎士たちをその場に残したままで。




