14.9-40 遭遇40
ポテンティアによって艦橋に招かれたバレストルは、そこから見える景色に唖然——とはならず、そこにいた人物を見つめたまま、固まってしまった。景色は格納庫内でも見えていたので、もう慣れてしまっていたのだが、艦橋にいた人物は、彼にとって想定外過ぎる人物だったらしい。
「だ、第一皇女マリアンヌ……様……」
ジョセフィーヌは直接マリアンヌと面識が無かったせいか彼女のことを知らなかったようだが、バレストルは以前、どこかで会ったことがあるらしく、マリアンヌのことを知っていたようである。
一方、ジョセフィーヌも、バレストルの言葉を聞いて、ここで初めてマリアンヌの正体に気付く。
「第一皇女マリアンヌ?エムリンザ帝国のマリアンヌ様ですか?!」
対するマリアンヌは、遂にこの瞬間が来たか、と言わんばかりに顔を青ざめさせながら、ジョセフィーヌたちの問いかけに首肯しようとした。
「……いかにも。私はエムリンザ帝国第一皇j——」
と、マリアンヌが名乗ろうとしたところで、ワルツが横やりを入れる。
「ちょっと、そういうのは後にして、先にライオネル領がどこにあるのかだけでも白黒付けてもらえない?このままだと通り過ぎちゃうから」
ワルツがマリアンヌの名乗りを中断させると、その場に微妙な空気が流れる。一国の皇女の名乗りを中断させるというのは、国王クラスの割り込みでもない限り、失礼極まりないことだからだ。尤も、国王クラスであっても失礼なことに変わりはないのだが。
しかし、ワルツの割り込みは、大きな問題に発展することはなかった。ジョセフィーヌにとって、ワルツとは、国王を超えた何かのように見えていて……。そしてマリアンヌに至っては、自分の正体が魔女である事をワルツたちに明かしていたので、皇女とは思えないような扱いを受けるのは仕方のないことだと諦めていたからだ。ワルツの非礼に狼狽えていたのは、事情をよく知らないバレストルくらいのものである。
結果、自分で判断が付けられなかったバレストルが、自分の主であるジョセフィーヌに判断を仰ぐと、ジョセフィーヌはフッと笑みを零して……。眼下に広がる景色を指差しながら、バレストルに対して問いかけた。
「バレストル。あそこにある町が、ライオネル領の領都でよいですね?」
ワルツの事を気にしていないジョセフィーヌを前に、バレストルは戸惑いが拭えなかったものの……。彼は、ジョセフィーヌの問いかけに対する返答を優先することにしたようである。
「……えぇ、間違いありません。あれはまさしくライオネル領の領都ライオブルク。我々の目的地です」
バレストルが頷くと、今度はポテンティアが口を開いた。
『確認が取れたようですね。では、ワルツ様?いかがいたしましょう?吹き飛ばしますか?』
「んー、そうねぇ……」
ポテンティアとワルツのやり取りを聞いて、ワンテンポ遅れて、ジョセフィーヌとバレストルが反応する。
「「ふ、吹き飛ばす?!」」
同時に飛んできた疑問に対し、ワルツが反応した。
「えっ?だって、今、ライオネル領にいるのは、裏切り者の集団なんでしょ?一人一人粛清するより、ひと思いに吹き飛ばした方が楽じゃない?」
本気か冗談かは不明だが、ワルツはジョセフィーヌたちに問いかけた。
すると、ジョセフィーヌが首を横に振って、ワルツの問いかけを否定する。
「い、いいえ。吹き飛ばすというのは、やり過ぎです。確かに、上層部は私たちを裏切っているかも知れませんが、ライオブルクに住まう民たちまで、反旗を翻しているわけではないはずです。何より彼らは私の国民。真偽が分からない状態で、いきなり処刑するような真似は出来ません」
「……そう。あ、一応言っておくけど、吹き飛ばすって言うのは冗談よ?吹き飛ばすことは簡単に出来るけど、無差別に攻撃できるほど、私だって鬼じゃないし……」
と言って、ワルツが肩を竦めると、ポテンティアが『えっ』と声を上げる。それに対し、ワルツが眉を顰めた。
「えっ……まさか、本当に吹き飛ばすと思ってたの?」
『えぇ、普段のワルツ様なら、遠慮無く吹き飛ばしますよね?』
「いやいや、私がそんな血も涙も無いようなことを……いや、確かに物理的には血も涙も流れていないけれど、いきなり攻撃するような非道なことなんてしないわよ。一度だって、そんなことしたことある?」
『……エクレリア侵攻の時とか?』
「あれは……相手が不死身だから、死人は出ないはずだし、ちょっとくらい大規模に攻撃しても良いかな、って思っただけだから例外中の例外よ?うん」
「「「…………」」」
そんな言い訳を口にするワルツを前に、ジョセフィーヌとバレストル、そしてマリアンヌは思わず閉口した。皆、ワルツの発言が冗談ではなく、彼女が本当に大量虐殺した事があるのだと、勘違いしたようである。まぁ、それが勘違いと言えるのかどうかは、微妙なところだが。




