6前前-01 出発前編1
修正済み
ルシアの洗礼が行われた次の日。
エンデルシアの代表一行が、矢継ぎ早に何やら大きな棺のような廃棄物コンテナを飛行艇に積み込んで、自国へと持って帰った後の話である。
「・・・はっ?!わ、ワルツ様・・・!?」
「はぁ?お前、寝言は寝て言えって何度言ったら・・・うわっ?!ワルツ様!?」
「お前ら・・・魔神の一匹や二匹、出てきた所でどうという・・・も、も、申し訳ございません!ワルツ様!!」
・・・王城内をメイド姿に変装しながら歩いているワルツが、兵士達から投げかけられた言葉である。
一方、投げかけられた本人は、と言うと、
「・・・」
特に気にした様子もなく、一切表情を変えずに、議長室へと歩みを進めていた。
ここで有象無象の声を気にしたら、今まで築き上げてきたクールなメイドとしての印象が台無しになる、などとワルツは思っていたが、果たして周りがワルツのことをそのように見ていたかどうかは・・・不明である。
まぁ、それはさておき。
(んー、やっぱり、有名になっちゃうわよねー)
ルシアや仲間たちを窮地から救うためとはいえ、ワルツは公衆の面前(とはいえ50人ほどだが)に顔を晒したのである。
結果、王城内をいつも一人で超速清掃しているメイドがワルツであると広まるのに、あまり時間は掛からなかった。
(潮時かしらねー)
・・・なお、空気の読めないワルツに、潮を読む能力は無い。
ガチャ・・・
内心で脱力しながら、外見はクールに保っていたワルツが議長室へとやって来ると、議長席にはコルテックスが腰掛けており、その他、カノープスと、背中に茶色い羽の生えた見知らぬ女性が接待用のソファーに座っていた。
メルクリオ国王であるカノープスと共に座っている彼女は、恐らくメルクリオ政府の重鎮なのだろう。
ところで。
ガトリングガンによって破壊されたはずの議長室は、破壊される以前よりもキレイになっていた。
どうやら、ルシアの洗礼の場を台無しにしたアトラスが処罰の代わりに不眠不休で修復をしたらしい。
ただ、ワルツ自身は、ここにエンデルシア国王が現れたことも、彼を駆逐しようとして議長室が破壊された事も知らないので、部屋の様子に疑問を浮かべることはなかったようだが。
「・・・ワルツか。噂通り、メイドの姿なのだな」
早速、ワルツを見るや否や、王城内に充満している『メイドは魔神』ネタを口にするカノープス。
「もう、メイドを卒業しようかしら・・・」
心の仮面を外して、ゲンナリしながらワルツが呟くと、
「お姉さま〜。メイドをお辞めになるのですか〜?では一体、誰が王城の中をキレイに清掃するんです?」
コルテックスが暗に『雇っているメイドが使えない』と口にした。
「いや、メイドをやめるつもりはないわよ。・・・ま、いい機会だし、コルテックスがメイドをやったら?」
・・・王城内で流れていた噂は『メイドは魔神』だけではない。
『議長は双子』という噂も同様に流れていた。
そう言う意味では、コルテックスとテレサが議長と秘書役に分かれて議員たちの眼を欺く必要は既に無くなっていると言えるだろう。
・・・そもそも、既に、ミッドエデンの議会は魔神に掌握されているとバレたようなものなのだから。
「そうですね〜。実は私も予々考えていたのですよ〜。どうして他人に自分の部屋の中を片付けさせなくてはならないのか〜、と」
そしてコルテックスは、珍しく悲しげな表情を見せながら眼を伏せた。
「折角作った鉱石ラジオをガラクタと間違われて捨てられる悲しみ・・・分かりませんよね〜・・・一介のメイドごときに〜・・・」
バキッ!
・・・コルテックスの持っていた羽ペンが拉げて折れる。
「・・・いや、コルテックス?AM波の送信設備も無いのに、鉱石ラジオなんて作っても聞けないんじゃ・・・」
「実は作ったラジオは普通の鉱石ラジオでは無かったんですよ〜。オリハルコン合金を使った特殊なものです。魔法の使えないお姉さまには分からないかもしれませんが、魔力を使っても、同じように情報の伝達が行えるのですよ〜?」
『えっ・・・』
「実は、魔力にも電磁気学で言う電解と磁界に相当するものがありまして・・・」
・・・・・・そして30分後。
「要するに、原子の周囲を回る魔粒子の存在確率をシュレディンガーの波動方程式で求められるところまではなんとか証明したのですが〜・・・」
「・・・ねぇ、ちょっと待ってコルテックス?まだ、その話続く?非常に興味深いから私個人としては暫く聞いていたいんだけど・・・でもね?」
そう言ってカノープスと女性に眼を向けるワルツ。
どうやら訳の分からない説明を延々聞いていた為に、2人とも精神だけ昇天してしまったらしく、真っ白になっていた・・・。
「残念です。現代世界の知識があるなら、これほどまで面白い話も無いと思うのですが・・・」
なお、現代世界の人間でも、彼女の話を理解できるのはごく一部だけである。
「・・・それで、どうして2人は議長室にいるわけ?」
もしかしたら手遅れで、既に手の施しようが無いかも知れないが、ワルツは2人に水を向けてみた。
「・・・あ、あぁ・・・もちろん、メルクリオとミッドエデンの関係について、話し合おうと思ってな」
「・・・」
カノープスは辛うじて生きていたが・・・女性の方は既に事切れているようである。
「・・・その人、生きてる?」
「・・・?あぁ。彼女、メルクリオ議会の議長なんだが・・・おい、エルメス。・・・眼を開けたまま寝るとは、中々に器用だぞ?」
そう言いながら、エルメスと呼んだ女性の肩を揺するカノープス。
すると、
「・・・んはっ!す、すみません!掃除云々の当たりから話を聞いていませんでした」
エルメスが再起動した。
「それ・・・今の話、関係なくない?」
「確か、メイドが持っている宝物を掃除のついでに廃棄したいって話ですよね?」
ゴゴゴゴゴ・・・
「ひぃっ?!」
コルテックスから漏れ出してくるドス黒いオーラに当てられて、思わず硬直するエルメス。
・・・その様子が、誰かに似ているのは気のせいだろうか。
そんな彼女に苦笑を浮かべながら、ワルツは話を戻すことにした。
「・・・で、もしかしてその・・・国の関係についての話って、私がいると拙いの?」
「いや、構わない」
「そうですね〜。むしろ、お姉様にはご同席していただいたほうが良いかもしれません」
とメルクリオとミッドエデンの首脳が口を揃える。
「それで、具体的にはどんな話?」
「大した用事ではないんだが・・・最近、メルクリオ国内で、魔物の出現件数が急激に増えていてな。それで、農作物の生産数が魔物の出現数と共に急激に落ちているんだ。唯でさえ湿地と高山ばかりの国だというのに、大きくはない畑を荒らされるっていうのは・・・本当に困ってしまうんだよ」
と、実際頭を抱えるカノープス。
恐らく彼も、魔物討伐のために走り回っているのだろう。
「・・・つまり、もしもの時はミッドエデンに食料支援して欲しいってことね?」
「あぁ。腹いっぱい食べられなくてもいいから、国民が飢えを凌いで冬を超えられる程度に支援して欲しい」
そう言って頭を下げるカノープス。
「・・・なんか、いつの間にか王様みたいになったわね。貴方も」
「王様みたい・・・というか、王様だからな」
そう言いながらカノープスは苦笑した。
「・・・食糧支援の話は分かったわ。こちらでも対策を考えてみるから、そちらも当面の間、どうにかならないか頑張ってみて」
「もちろんだ」
「・・・申し訳ありませんが、よろしくお願い申し上げます」
静かに話を聞いていたエルメスも頭を下げる。
そんな時・・・
コンコン
「失礼しますよ?」
・・・クローゼットの扉をノックして、中からシルビアが出てくる。
「コルテックス様?例のボレアス使節の件、今日じゃなくて、明後日になったって先輩に聞いたんですけど、本当ですか?・・・って、ワルツ様!ワ〜ル〜ツ〜さ〜ま〜〜〜〜!!」
視界の中にワルツの姿を捉えたシルビアが、久しぶりに見たワルツに、全力で飛びついてきた。
・・・が、
「・・・シルビア!」
ワルツに抱きつく前に、シルビアはエルメスに抱きつかれてしまう。
「・・・お、お、お、お母さん?!」
『えっ・・・』
突然の出来事に理解が追いつかない一同。
「どこほっつき歩いているかと思ったら、こんな所にいたのね!少しは連絡しなさい!お母さんもお父さんも心配してたんだから!」
「えっ・・・あ・・・は、はい・・・。ごめんなさい・・・」
突然、母が現れて、いきなり叱られる展開に付いていけなかったのは、周りの人間だけではなかったようである。
タイトル番号、もういっそのこと、通しに変えようかのう・・・。
補足じゃが、エルメスの羽の色が茶色というのは、スズメをイメージしてもらえると良いのじゃ。
最初は文中でも『スズメのような』という文言が入っておったのじゃが、そのままじゃと、まるでスズメの小さな羽を取って付けたような悲しい状態になりそうじゃったから、『茶色』にした、というわけじゃ。




