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14.9-38 遭遇38

「わあああ……本当に空を飛んでいます!」


 ジョセフィーヌは、艦橋の全方向ディスプレイに映る外の景色を眺めながら目を輝かせていた。彼女にとって、()()()()()()()()空を飛ぶというのは、今回が初めてのことだったのだ。


 キラキラと輝く彼女の目は、外の景色に釘付けだった。濃淡様々な種類の緑と、果てしなく続く真っ青な空、そしてミルフィーユのように何層にも重なる白い雲が、空まで上がってきたジョセフィーヌのことを出迎える。


 そんな彼女は、まるで少女のようだった。周りの者たちの目を気にせず、大喜びして、歓声を上げていたのだ。若くして大公の座に納まった彼女にとって、自分の気持ちを素直に出すというのは、もしかすると人生で初めてのことだったのかも知れない。


 ちなみに、アステリアも空中戦艦に乗るのは初めてのことだったが、彼女のテンションはそれほど高くない。本来は座るためにあるはずの座席を、何故か後ろから羽交い締めにしたまま硬直していて、青い表情を浮かべていたようである。高所恐怖症なので、床の下に地面が映っているというのは、堪らなく恐ろしいことだったらしい。


 そして、もう一人。その場には、冴えない表情の人物がいた。マリアンヌだ。


 彼女は高所恐怖症ではなかったものの、素直に空の旅を楽しめなかったらしく、眉間にシワを寄せながら地上を見下ろしていたようである。それも、ジョセフィーヌからできるだけ距離を取って。


 どうやら彼女は、ジョセフィーヌに対し、後ろめたさを感じていたらしい。レストフェン大公国を混乱に陥れた黒幕はマリアンヌだからだ。


 そんな彼女が何を考えているのか、ポテンティアにはおおよその見当が付いていたようである。皆がワイワイガヤガヤと騒がしく燥ぎ立てる艦橋の中で、さりげなくマリアンヌの隣に立ち、彼女に対して話しかけた。


『お嬢さん、お飲み物は如何ですか?』


 とポテンティアが口にすると、どこからともなく黒いワゴンがやってきて、飲み物を運んでくる。いったいどこからどんな経路で運ばれてきたのかは不明だが、一応、本物の飲み物で、果実を搾って作ったジュースらしい。


 対するマリアンヌは、重苦しい表情のままでポテンティアから飲み物を受け取りながら、「はぁ……」と大きく溜息を吐いた。


「憂鬱ですわ……」


『心中お察しいたします。その気持ちは、よーく分かりますよ』


「……本当に?」


『えぇ、もちろんですとも。こうして第一皇女様たるマリアンヌさんと話している僕は、あなたの国であるエムリンザ帝国を壊滅させた本人ですからね』


 エムリンザ帝国を壊滅させたのはポテンティア。レストフェン大公国をかき回したのはマリアンヌ。そんな2人の行動は、ある意味、似通っていると言えた。


 もっとも、2者の間には、一緒くたに出来ないほど、大きな違いがあったのだが。


「……勝者と敗者の違いがありますわ」


 勝者であれば、どんな非道なことをしたとしても正当化でき、敗者であれば、どんな些細な事でも糾弾される……。2者の立ち位置は真逆であり、単純に比較できるものではなかった。


 対するポテンティアとしては、勝者や敗者といったものをマリアンヌとの会話に持ち込むつもりがなかったためか、話題を切り替えることにしたようである。


『おや?マリアンヌさんは負けを認めるのですか?そうなると、敗者であるマリアンヌさんは、僕の好き勝手に出来るということになりますが……』


 ポテンティアはわざとらしく肩を竦めながらそう口にした。彼にとってはエムリンザ帝国と自分との間には、勝敗など存在せず、ただ邪魔だったので排除したという認識しかなかったのである。彼がエムリンザ帝国を壊滅に追い込んだのは、ワルツたちの学生生活をエムリンザ帝国の横やりによって邪魔させたくなかったゆえの行動なのである。そこに勝ちも負けも無く、マリアンヌが敗北宣言するというのは、ポテンティアとしては不本意なことだったらしい。


 そう、不本意ゆえに、マリアンヌの認識は、ポテンティアの認識とは大きく異なっていたのである。


「……良いですわ。あなたなら、私のことを好き勝手にしても」


『……え゛っ?』


 冗談のつもりで言ったはずが、戻ってきた返答は、まさかの肯定。そんな展開をポテンティアは想像していなかったらしく……。頬を赤く染め上げながら、ジッと見つめてくるマリアンヌを前に、彼は思わず面食らってしまうのであった。


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