14.9-36 遭遇36
『おや?こんなところにいらっしゃいましたか』
バレストルが見上げていた黒い物体から、聞いたことのある声が落ちてくる。
それを聞いたバレストルは、その声に気付いた途端、ハッと我に返って、問いかけた。
「も、もしや、ポテンティア殿か?!」
すると、黒い物体から返答が返ってくる。
『えぇ、その通り。僕はポテンティアです』
その直後——、
メキメキメキ……
——と、森の木々をなぎ倒しながら、黒い物体が空から降りてきた。
その様子を前に、バレストルたち近衛騎士は、警戒を通り越し、為す術がない様子で立ち尽くしてしまう。彼らに出来る事は、驚くことと、潰されないように逃げる——いや、祈ること事くらい。空そのものが落ちてきたかのような黒い物体の着陸を前に、バレストルたちは、肉食獣に睨まれた小動物のように、ただ小さく震えるしかなかったのである。
とはいえ、ポテンティアがバレストルたちを踏み潰すわけもなく、彼は難なく森の中に着陸する。そして——、
ガシューーーッ!
——と、巨大なハッチを開いて、声の主たる少年ポテンティアが姿を見せた。姿を見せたのは、彼一人だけだ。
『移動中に呼び止めてしまい、申し訳ございませんでした。ジョセフィーヌ様はいらっしゃいますか?』
ポテンティアが問いかけると、バレストルは警戒するどころか、とても怯えた様子で後ずさり……。すぐ近くにあった馬車の扉を開いて、その中にいる人物に声を掛けた。
「ジョ、ジョ、ジョセフィーヌ様っ!」
「ド、ドラゴンが襲ってきたのですか?!」
「ち、違います!ポ、ポテンティア殿が……!」
「……?ポテンティア様がどうしたというのですか?」
「そ、その……降りてきました」
「……何からですか?」
「ちょ、直接ご覧いただいたほうが早いかと」
普段は冷静沈着で、あまり慌てる事の無いバレストルに対し、ジョセフィーヌは怪訝そうに眉を顰めた。
それから彼女は馬車から降りる。慌てるバレストルに話を聞いても埒が開かないと思ったらしい。
そして彼女は、外の景色を見て納得した。これは確かにバレストルでは説明するのが無理な光景だ、と。何しろ、そこに広がっていた光景は、ジョセフィーヌであっても説明できなかったからだ。
何だかよく分からない黒く巨大な物体を前にして、ジョセフィーヌが目を丸くしていると、ポテンティアが恭しく頭を下げた。
『ジョセフィーヌ様。お忙しいところ、馬車を止めてしまい、もうしうわけございません。学院にて、ジョセフィーヌ様がライオネル領に向かって移動されているとの情報を掴み、慌てて参りました。……もしかすると、ジョセフィーヌ様が、危険なことに巻き込まれるかも知れないという情報も掴んでおります。せっかくですから、僕らも同行いたしますので、一緒に参りませんか?我が艦で』
そんなポテンティアの言葉を聞いたジョセフィーヌは、混乱した思考を力技で抑え込みながら、ポテンティアに対してこう問いかける。
「……これに乗って良いのですか?」
そう口にするジョセフィーヌは、当初、ミッドエデンの力を借りずに、レストフェン大公国の力だけで、ライオネル家や貴族たちと会談する予定だったようである。大公としてのプライドが、ミッドエデンの力に頼りたくなかったのだ。国のトップとしての面子を保つための行動だと言っても良いかも知れない。
ところが、ポテンティアの言葉によって、そのプライドは軽々と吹き飛んでしまったようである。それほどまでに彼女は、黒い物体——ミッドエデンの空中戦艦に乗ってみたかったのだ。その気持ちは、プライドや面子などといったものが霞むほどに強かったらしく……。そのおかげで彼女は、その場にいた誰よりも早く、思考を整理できたらしい。
対するポテンティアは、ジョセフィーヌがどんな思いを抱えているのか気にしていないのか、ニッコリと笑みを浮かべて、端的に返答した。
『えぇ、もちろんですとも!さぁ、こちらです』
結果、ジョセフィーヌは、喜々として、空中戦艦ポテンティアに乗り込むのだが……。そんな彼女の意識からは、近衛騎士たちの存在が、すっぽりと消し飛んでいたようである。




