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14.9-35 遭遇35

 森の中にあった道を馬車に乗って進んでいた大公ジョセフィーヌは、自分が罠に嵌められるかもしれないと考えていないわけではなかった。彼女は、ライオネル家が裏切っているかも知れないことを承知の上で、彼らの領地に赴こうとしていたのである。


 例えるなら、虎穴に入らずんば虎児を得ず、である。危険を冒さずに国を取り戻すことなど不可能。裏切り者や対立勢力の面々が一堂に会すというのだから、それを利用しない手は無い、とジョセフィーヌは考えていたのだ。


 ジョセフィーヌの近衛騎士であるバレストルなどは、彼女の行動——特に暴挙の類いを止めるべき立場にあるはずだった。実際、彼は、ジョセフィーヌに対し、考えを改めるよう進言したようである。


 しかし、彼は、ジョセフィーヌの2時間にも渡る反論を受けて、最終的に、彼女が提案した作戦に同意することにしたようである。今のジョセフィーヌは、力の無いお飾りのような大公ではないのだ。彼女にはゲームチェンジャーとも言える武器があったのである。ただし、ワルツたちの事ではない。レストフェン大公国が本来持っている力。……そう、学院が新開発した魔法杖だ。


「日射しが気持ちいいですね。バレストル」


 ジョセフィーヌは、馬車の窓から見える景色に目を細めていた。森の木の葉の隙間を太陽の光が差し込んでくるという光景は、まるで日射しの雨のようで……。あまり建物の外に出ないジョセフィーヌにとっては、美しく輝いて見えていたようである。


 ただ、彼女の目は、森の風景を楽しんでいるようには見えなかった。観光を楽しむ令嬢というよりは、これから戦地に赴こうとしている戦士のようで……。バレストルは内心、頼もしいと思っていたようである。彼女がやる気になっているということは、騎士たち全体の士気向上にも繋がるからだ。


「そうですかい?私としちゃぁ、いつ木陰から魔物が出てくるかと、ヒヤヒヤしている所ですが……」


「ふふっ。今の私たちにとっては魔物程度、大した相手ではありませんよ」


「……そうでしたな」


「今なら、ドラゴンが出てきても負ける気がしません」


 そう断言出来るほどに、ジョセフィーヌは自分たちの魔法杖に自信を持っていた。ミッドエデン——具体的には、ワルツから得た知識を早速取り入れた最新の杖だ。少なくとも試験段階では、良好な成績を収めていることを確認したのである。その結果は、彼女たちにとって想像以上。たとえ相手が何人いようとも、たとえ相手がドラゴンであろうとも、彼女には負ける気がしなかったのだ。


 しかし、バレストルの表情は渋い。


「……ジョセフィーヌ様。やる気を出しているところ申し訳ないのですが、フラグを立てるのは良くありませんぜ?」


「……フラグ?」


「えぇ、フラグです。これなら大丈夫、とか、強い相手を倒した際に"やったか"と口にするとか、戦場に行く前に婚約をするとか……。大抵そういう場合は、物事が悪い方向に進む傾向にあるんですよ。ですからジョセフィーヌ様の先ほどの発言も——」


 と、バレストルが口にしたところで、急に馬車が停止する。


「きゃっ?!」

「さ、早速?!な、何事だ!」


 馬車が急ブレーキを掛けたことで前のめりに倒れてきたジョセフィーヌのことを抱えながら、バレストルが声を上げた。すると、御者台にいた別の騎士が悲鳴に近い声を上げる。


「ド、ドラゴンだ!ドラゴンが出たぞ!」


「んなっ?!」

「い、言わんこっちゃない!ですから言ったんです!」


 本来起こりえないことが、口に出すだけで、どうしてこんなにも簡単に起こってしまうというのか……。バレストルは内心で頭を抱えながらも、馬車から慌てて飛び降りた。そして、彼は空を見上げて、御者台の騎士が見たというドラゴンの姿を確認しようとするのだが……。彼は、そこに飛んでいたものの姿を見て、言葉を失ってしまう。


 そこにいたのは黒い何かだ。空を覆い尽くさんばかりに黒くて巨大な飛行体。その一部だけを見たなら、まるでドラゴンのようだと思ってしまうかも知れないほどに、圧倒的で、高圧的で、そして絶対的な漆黒の塊が空に浮かんでいたのだ。


 そんなものが、ゆっくりと高度を下げてくる様子を見たバレストルは、口をパクパクと動かしながら、自分の記憶にあったその物体の名前を口にする。


「ミ、ミッドエデンの……エネルギア……」


 彼にはその黒い物体がドラゴンではなく、最近学院で見たばかりの空中戦艦エネルギアのように見えたようだ。


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