14.9-34 遭遇34
『ライオネル……あぁ、そうです。確かにライオネルと言っていました』
ポテンティアは、まるで自分自身が聞いた話であるかのように、ジョセフィーヌが向かった先の領地を治める貴族の名前を思い出した。話を聞いたという分体もまた、ポテンティア自身なので、彼にとっては普通に記憶を思い出すようなものだったらしい。
対するマリアンヌは、首肯するポテンティアを見て、更に顔を青く染め上げていたようである。悪い予感が的中した、と言わんばかりの表情だ。そんな彼女は眉間に皺を寄せており、次の言葉を口にするか否かで悩んでいる様子だった。
しかし、彼女は、意を決した様子で、口を開く。
「……そのライオネルという貴族は、エムリンザ帝国のスパイです。もしかすると、ジョセフィーヌ……様を学院からおびき出して、殺害しようとしているのかも知れません」
震える唇でそう語るマリアンヌは、ワルツたちからいつ指摘が飛んでくるのかとビクビクしていたようである。……なぜそんな事を知っているのか。そう言われることを怖れて。
もしもその言葉が飛んできたとき、マリアンヌには言い訳が言えず……。彼女は、今回のレストフェン大公国を巻き込んだ事変の首謀者が自分であったことを明かすつもりで覚悟を決めていたようである。
しかしどういうわけか、ワルツたちは、誰でも疑問に思うようなマリアンヌの懸念を問いかけようとはしなかった。
「なるほど。それは拙いわね……」
「うん……助けに行く?」
「ジョセフィーヌ殿が死んでしまったら、寝覚めが悪いのじゃ」
「ですが、どうやって……?」
話に付いてこれなかったアステリアが、別の疑問を口にする。
「どうしようかしらね?ルシアの魔法で跳んでいくか、それとも物理的に飛んでいくか……それか、ポテンティアに運んでもらうか、自力で走って行くか……。そのどれかよね?」
それを聞いていたマリアンヌは、ホッと胸をなで下ろす反面、目を白黒とさせて耳を疑った。ワルツが何を言っているのか、何一つとして分からなかったのだ。まぁ、最後の"走って行く"くらいは、その言葉通りの意味として理解していた可能性はあるが。
対するワルツは、マリアンヌの混乱に気付いていないのか、そのまま話を進める。
「ちなみに、ポテ?貴方、マリアンヌには、正体を話してあるの?」
ワルツのその言葉に、マリアンヌがビクッと反応する。どうやら彼女は、黒い虫のことを思い出したらしい。やはり、そう簡単にはトラウマを克服できていなかったようだ。
一方、ポテンティアは、『やれやれ、困りましたね……』と前置きをしてから、ワルツの問いかけに返答した。
『半分ほどしか話しておりません。虫の姿の方は説明しておりますが、本当の姿の方はまだです』
ポテンティアのその言葉に、マリアンヌは目を見開く。虫の姿が本当の姿なのではないのか……。そんな疑問と驚きを抱いたらしい。
そんなマリアンヌの反応に、やはりワルツは気付いていないのか、彼女へのフォローはせず……。ワルツはポテンティアに対する問いかけを続けた。
「教えられない理由とかあったりする?」
『いえ、機会が無かったので教えていないだけです。あ、ちなみに、アステリアさんは知っていますよ?実は、彼女とは色々と秘密を共有しておりますので』
そう口にした瞬間、とある人物が愕然とする。彼女はまるで、先を越された、と言わんばかりに、口をがーんと大きく開け、驚愕と憤慨を体現しているかのような反応を見せた。……テレサの事だ。
そんな彼女の足を、食卓の下でドゴッと蹴り飛ばす者が現れる。それが誰なのかとはここで明言しないが、彼女はテレサの反応に激怒しているらしい。
「ん?今、何か、鈍い音がしたような……」
「ううん?なんでもないよ?ねぇ?テレサちゃん?」じとぉ
「何で蹴っ……何でもないのじゃ……」むっ
「ふーん。まぁ、いいわ。じゃぁ、今日はポテンティアに乗って、ジョセフィーヌの所に行く、ってことにしましょうか」
そんなワルツの決定に、異論は——、
「ポテちゃんに乗るのかぁ……。なんか嫌だなぁ……」
「ポテよ?良いか?存在ごと消されたくなくば、ア嬢が乗っておる間だけも、絶対に虫の姿になってはならぬのじゃ?」
『まるで僕のアイデンティティーを否定するかのような酷い頼みですが……やむを得ません。僕も自分の身が可愛いので』
——異論は出ないわけではなかったものの……。一行は、ポテンティアに乗って、ジョセフィーヌのことを追いかけることになったのである。
尤も——、
「ところで、そのライオンだか、ライオットだか、トンネルだかっていう貴族の領地がどこにあるか知ってる人、ここにいる?」
「「「「『…………』」」」」ふるふる
——誰もライオネル領の位置を知らなかったようだが。




