14.9-33 遭遇33
ジャックが学院の食堂で恐怖に慄いている同時刻。ワルツも自宅で皆と一緒に食事を摂っていたわけだが、彼女の頭の中にこんな疑問が浮かんできていたようだ。
「……この休み間って、ジョセフィーヌは何やってるのかしら?」
ここ数日、ジョセフィーヌと会っていなかったためか、彼女がいま何をしているのか、少しだけ気になっていたらしい。彼女の事を学院に閉じ込めるような形になっていたことに、ワルツは少しばかり責任を感じていたらしい。
「んー、今日も誰かと話し合ってるんじゃないかなぁ?」
ルシアは普段のジョセフィーヌのことを思い出して、そんな回答を口にした。ルシアの中で、ジョセフィーヌという女性は、何だかよく分からないが、常に誰かと何かを話し合いをしている人物、という印象になっていたらしい。
それを聞いていたテレサは、「やれやれ」と首を横に振って、ルシアにダメ出しをする。
「まったく、ア嬢は分かっておらぬのう?国の行く末を話し合っておるに決まっておるのじゃ」
「まぁ、それ以外に話し合うことなんて、無いわよね?」
ワルツがツッコミを入れると、ルシアも姉に続く。
「それ、テレサちゃん以外にも分かるからね?」
「……本当かの?」じとぉ
テレサはジト目をルシアに向けた。すると、ルシアの目が宙を泳ぐ。どうやら、本当のところは分かっていなかったらしい。
そんな2人が喧嘩をしているように見えたのか、アステリアがこんなことを言い始めた。
「今日って、特に予定はありませんよね?だったら、マリアンヌ様を連れて、ジョセフィーヌ様のところに様子を見に行くというのは如何でしょう?」
それを聞いたワルツが、なんとも表現しがたい複雑そうな表情を浮かべた。
「……アステリア。貴女も大分、私たちに毒されてきたようね……」
「えっ……?」
「まぁ、悪いとは言わないわよ?(一国の主のところに、隣の国の姫を気軽に連れていこうと思うだなんて、図太いっていうか、誰に似たのかっていうか、なんて言うか……)」
つい先日まで、国のトップを前にして萎縮していた人物と同じ人物のようには思えない……。そんなことを思うワルツだったが、彼女はその言葉を飲み込んだ。そう、ワルツは空気が読めないわけではないのだ。……ただし、読める空気は、読まなくても良い空気に限るのだが。
こうしてワルツたちはマリアンヌを連れて、学院へと向かうことになったのだが、食卓に同席していたマリアンヌは、一言も喋られないほどに、絶望していたようである。当然だ。これから一行は、レストフェン大公国の中でも、マリアンヌが一番迷惑を掛けたと言っても過言ではない人物に会いに行こうというのだ。下手をすれば、処刑される可能性すらあるのだから、心中穏やかでいられるわけがなかった。
しかし、彼女に拒否するという選択肢は無く……。最悪の場合は、臭気魔法でどうにかするか、ポテンティアに泣き付くか、あるいは全力で逃げるかなど、プランBとも言える選択肢を考えていたようである。まぁ、そのいずれも、マリアンヌには上手くいくとは思えなかったからこそ、彼女は絶望の色を顔に浮かべていたのだろうが。
一方、ポテンティアは、真っ青フェイスなマリアンヌとは対照的に、今日もハツラツとした様子で食事を楽しんでいた。そんな彼は、暗い表情のマリアンヌの横に座っていたせいで、2人の明暗はくっきりと別れ……。まるでポテンティアが、マリアンヌのことを虐めているかのような雰囲気さえ出ていたようである。
ただ、実際にはそんなわけはなく……。マリアンヌは、ポテンティアの発言に、救われることになったようだ。
『ジョセフィーヌ様でしたら、今日は学院にいらっしゃいませんよ?』
「「「「えっ?」」」」
ポテンティアの発言を聞いた4人の声が重なる。
その内のワルツが、怪訝そうな表情で、ポテンティアへと問いかけた。
「何で知ってるのよ?」
『分身たちから連絡があり、ジョセフィーヌ様は学院から比較的近い場所にある領地へ訪問されているとのことです。どうも、他の領地の貴族たちから和平について話し合いたいという連絡があったらしく、中立な立場の貴族が治める領地に皆を集めて、会議を行うようです』
「ふーん。ちなみに、なんで学院じゃダメだったの?えっと、学院で会議をしないのは何故か、って意味ね?」
『それはあれですよ。武装した者たちを、この森に入れさせてはならないというワルツ様の指示に従い、ジョセフィーヌ様の近衛騎士の方々や、最初からこの森に住んでいた方々を除いて、すべての方々を森から排除しているからです。誰がとは言いませんが……』
「あっ……」
察し……。どうやらワルツは、ポテンティアに出した指示のことをすっかり失念していたようである。そのせいで、森の外に領地がある貴族たちは、森より内側に入ると、ポテンティアの分身(黒い虫)たちによって排除されるため、ジョセフィーヌたちは学院で会議を開けなかった、ということらしい。
結果、ワルツが挙動不審になって頭を抱えていると——、
「ちょっと待ってくださいまし。ジョセフィーヌ……様が、向かった先の貴族の名前はご存じかしら?まさかライオネルという名前では……」
——ここまでジョセフィーヌ関連の話で胃をすり減らしていたはずのマリアンヌが、青い表情のままで、口を挟んできた。どうやら彼女は、ジョセフィーヌにとってはあまり良くない話を知っているようだ。




