14.9-30 遭遇30
おっと、アップロードするのを忘れておったのじゃ。
ミレニアは、ぼーっとした様子で、ポテンティアの顔を見上げた。体勢的には、所謂、お姫様抱っこというやつだ。
『ミレニアさん?大丈夫ですか?』
対するポテンティアは、少し困っている様子だった。屋上から落ちそうになっていたミレニアを受け止めてからというもの、彼女の様子がおかしかったからだ。ミレニアは、まるで視線だけで穴を開けんばかりに、じぃっとポテンティアの顔を見つめていたのである。コミュニケーションに難がある訳ではなかったポテンティアでも、無言で見つめてくるミレニアには戸惑いが隠せなかったらしく、思わず目が泳いでしまいそうになる。
それからポテンティアは仕方なく、ミレニアのことをその場に立たせることにしたようだ。抱きかかえているから見つめられるのなら、下ろしてしまえば良いと考えたらしい。
『一旦下ろしますので、自分の足で立ってもらえると助かります』
ポテンティアはそう言って、ミレニアを下ろそうとした。しかし、本来、その場には足場が無いはず。なにしろそこは、空中だからだ。
その際、ようやくミレニアが我に返る。ポテンティアが自分を下ろそうとしているという状況に気付いて、戸惑ってしまったらしい。ポテンティアがミレニアを離すということは、すなわちミレニアは真っ逆さまに地面に落ちていくことになるからだ。
「お、下ろす……?」
少し声を震わせながらミレニアが問いかけると、ポテンティアは暗闇の中で優しげな笑みを浮かべながら、ミレニアのことをその場に下ろした。そう、そこには足場があったのだ。
「えっ……なに……これ……」
ミレニアは、落下の際の恐怖で腰が抜けていたのか、自分の足で上手く立つことができず、ポテンティアにもたれ掛かりながら、ようやくと言った様子で立っていた。そんな彼女は、自分の足下を見て、気付くことになる。
「こんなところに足場なんて……あったっけ……?」
ミレニアには、暗くてよく見えなかったが、確かに彼女の足下からは、何か硬い地面のようなものが押し返してくる感覚があったようだ。ただ、その地面(?)は、ゆっくりとだが上下左右に揺れていたようである。まるで巨大な生き物に乗っているかのように、だ。
「何……これ……」
自分は一体、何に乗っているのか……。彼女は疑問を口にするが、対するにポテンティアに答える様子は無い。
『ミレニアさんったら、危ないですよ?急に屋上から足を踏み外すなんて』
「えっ……えっと……」
『元の場所に戻すので、今日はもう眠った方が良いです』
ポテンティアがそう口にすると、地面(?)がユラリと動いて、屋上の縁まで届くくらいの距離までゆっくりと近付いていく。そして、建物に当たるか、当たらないかというギリギリの距離まで近付いたところで、ピタリと停止した。
それからポテンティアは、ミレニアに肩を貸したまま、屋上へと足を踏み出した。結果、ポテンティアに連れられる形で、ミレニアも前へと足を踏み出し、彼女は無事に女子寮の屋上へと戻ってくる。
「これはいったい……」
ミレニアが後ろを振り向くと、そこには何か黒く巨大な物体が浮かんでいるようだった。しかし、その全容は見えない。
彼女が眉を顰めながら、黒い物体が何なのか、見定めようとしていると、ポテンティアが動く。ミレニアのことを支えていた彼は、スッとミレニアから手を離して、5歩ほど後ろに離れたのだ。
彼が立った場所は、黒い物体の上だった。まるでその場所が自分の居場所だと言わんばかりに、ポテンティアは足下を気にする事なく立ち止まる。
そんな彼に向かって、ミレニアは腕を伸ばした。
「ま、待って!」
『いえ、待てません。本来、僕は、そこにいたらいけない存在です。まぁ、声だけなら良いかも知れませんが』
「声……だけ?」
『えぇ、声だけです。ミレニアさんが呼びかければ、僕はいつでも返答します』
ポテンティアがそう口にした途端、彼の姿は、闇の向こう側へと段々と遠ざかっていく。
その際、彼は、こんな言葉を残していった。
『あぁ、そうそう。昆虫たちをあまり虐めないでくださいね。虫たちの一部は僕……の使い魔なので』
そしてポテンティアは、闇の向こう側へと完全に消えていった。
「……本当に何なのかしら……」
ミレニアは火照った顔に手を当てながら、首を傾げていたようである。神出鬼没極まり無いポテンティアのことが、余計に気になって仕方がなくなってしまったようだ。
もう帰って寝るべきか……。そんな事を考えていたミレニアだったが、この日、彼女は寝られなくなってしまったようである。というのも——、
「ポテくん……」
その名前を口にしてしまったからだ。
『はい、何でしょう?』
「……えっ?」
まさかの返答に固まるミレニア。そんな彼女はこの日、人生で初めての徹夜をしてしまうのであった。




