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14.9-29 遭遇29

 その夜のこと。今日も女子寮の屋上にいたミレニアは、誰かを待つようにしてその場に佇んでいた。空に浮かんでいた月は夜半には地平の向こう側に沈んでおり、辺りを照らすのは微かな星の光だけ。虫の音も、まだ夏前ゆえか、それほど大きくはなく、とても静かな夜だと言えた。


 そんな中、女子寮の屋上に人が来るなど、本来はありえない事だった。静かな夜なので、皆が寝静まっていたこともそうだが、そもそも寮の中では、寮監の教師が定期的に巡回を行っているのである。出歩いていることが見つかれば、叱られた上、評価がマイナスになるのは不可避。そんなリスクを抱えてまで、寮から抜け出そうとする者たちは誰もいないはずなのだから。


 ちなみにミレニアの場合は、()()()廊下は利用していない。彼女は祖母のマグネアに連れられる形で、小さな頃からこの学院で育ってきたこともあり、寮や校舎に誰も知らない抜け道がある事を知っていたのである。


 ゆえに彼女は、学院内であれば、誰にも見つかることなく、どこにでも行くことが出来たのである。夜眠れないときは、そんな抜け道を利用して、寮監に見つかること無く屋上に来ては風に当たっていた、というわけだ。


「今日は信じられないものを見たわ……」


 ミレニアは、誰に話しかけるでもなく、空を見上げながらそんな呟きを口にした。昼間、彼女が見た景色——つまりポテンティアの部屋の中は、彼女の予想を絶するどころか、意味不明と言えるもので、彼女が持つ"常識"を作り替えてしまうほどに衝撃的な光景だったのである。


「ポテくん……本当に、何者なのかしら?」


 少なくとも王族というわけではなさそうだが、決して一般人というわけでもなさそうで、だからといって平民でもなければ、貴族というわけでもない、謎の人物。そんなポテンティアは何者なのか、考えれば考えるほど彼女は気になって仕方がなかったらしく、今日のポテンティアのことや、彼の部屋のことを思い出すと、なかなか寝付けなかったようである。


 そんな彼女は、はぁ、と溜息を吐くと、空を見上げて、ポツリと呟いた。


「直接聞ければ、分かるのかしら……。ねぇ、ポテくん……」


 ()()()()()()、女子寮に来ることもなく、ましてや深夜の屋上になど来るはずのない人物の名をミレニアはポツリと呟いた。呼びかければ、また彼が現れて、答えてくれるのではないか……。彼女はそんな期待を抱いていたのかも知れない。


 その直後の事。まるで、ミレニアの願いが届いたかのように、彼女の背中の方から1人の少年の声が飛んできた。


『はい、何でしょう?』


「?!」


 ミレニアは慌てて後ろを振り向いた。しかしそこには、当然ながら、少年——ポテンティアの姿は無い。


 彼の代わりにその場にいたのは、カサカサと動く黒い昆虫が1匹。真っ暗闇だというのに、その存在に気付いたミレニアは、口から言葉を発するよりも先に、身体を動かし——、


「死ねっ!!」


——殺意を込めた氷魔法で、女子寮の屋上を凍らせようとした。


 だがその直前——、


『あああ!ちょっと待って!』


——黒い虫の方からポテンティアの声が飛んでくる。


 直後、ミレニアは——、


「えっ……ええっ?!ちょっ?!」


——手に集めていた魔力を、どうにか引っ込めようとするのだが、既に出かかっていた魔法を止める事は出来ず……。


「っ!」


 彼女は咄嗟に腕を空へと掲げて、空に向かって氷魔法を放った。


 すると、彼女の魔法により、空気が一気に冷却される。結果、空気に溶け込んでいた水蒸気が霧となって現れ、女子寮の屋上を包み込んだ。


 ただでさえ、真っ暗だというのに、霧が立ちこめて何も見えなくなった屋上で、ミレニアは周囲を見渡そうとした。そこにいるかも知れないポテンティアのことを探そうとしたのだ。


「ポ、ポテくん、いるの……?」


 手探りでポテンティアのことを探そうとして、ミレニアはフラフラと歩き回った。


「ポテくん……?」


 何歩か歩き回ったところで、不意に彼女の足が空を踏み抜く。


「あ……」


 その瞬間、ミレニアは悟った。自分の足が、屋上の縁を越えて、虚空へと踏み出してしまったことに。


「(わ、私、死んだ……!)」


 刹那の時間、彼女は自分の過ちを悟り、後悔した。……1匹の虫を殺害しようとして、その代わりに自分が死ぬ。なんと間抜けな最後なのだろう、と……。


 身体を襲う浮遊感と共に絶望を感じながら、ミレニアは真っ逆さまに地面へと落ちていった。


 しかし、彼女はこの時、ふと思う。


「(……あれ?屋上って、こんなに高かったっけ?)」


 いくら身構えて待とうとも、彼女が地面にぶつかることはなかったのだ。


 いったい何が起こっているというのか……。ミレニアが我に返って周囲を見渡すと、自分が何か腕のようなものによって包まれていることに気付く。しかもその腕は、屋上から落ちそうになっていたミレニアのことを支えていたのではなく、()()()彼女の事を受け止めていたようだ。


 いったい、誰が自分のことを支えているのか……。目を薄らと開けて顔を上げたミレニアは、自分を支えていた人物に気付いて、喜びとも、悲しみとも、あるいは驚きとも言えない複雑な表情を浮かべて、そしてこう口にした。


「ポテくん……あなた……天使様だったのね……。そして私は死んでしまった、と……」


 ミレニアのことを支えていた存在。それは、空中に浮いたポテンティアだった。


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