6前-21 嵐編7
台無しになった(?)洗礼式を終えた後。
ワルツ、テレサ、コルテックスは、各国首脳と会談をすることになった。
まぁ、各国首脳と言っても、カノープスとキュムラスしかいないのだが。
それでも、この大陸においては上位3つの国が一箇所に会するので、非公式とはいえ、G3サミットと言っても過言ではないだろう。
首脳会談用に用意された王城の第3会議室で、円卓を囲んで席につく一行。
最初に口を開いたのは、壮齢の宰相キュムラスである。
「・・・魔神ワルツ様」
「いや、だから魔神じゃないって。確かにさっきは自分の事を魔神だって言ったけど、あれは言葉の綾だからね?色んな意味で・・・」
「左様でございますか。では魔神ではないワルツ様」
ワルツの反論をそれほど気にすること無く、キュムラスは続ける。
「エンデルシアは勇者ルシアを認知すると言う方向で話を進めようと思いますが、それでよろしいでしょうか?」
「・・・」
キュムラスの言葉に、難しい表情を浮かべるワルツ。
すると、今はメルクリオの国王をしているカノープスも口を開く。
「メルクリオも認める・・・というか、拒否権は無いからな・・・」
この場に居合わせた首脳たちがそう言い始めると、ワルツはますます険しい顔をしながら口を開いた。
「それって、何か色々と面倒なことにしかならないと思うのよね・・・。だって、勇者には契約する神が必要になるじゃない?ルシアは契約する神がいない・・・というか、私じゃない?ということは、私が神になるってことじゃない?つまり、面倒じゃない?」
3段論法のように見せかけて、全く関係のない結論を口にするワルツ。
「その辺はあまり細かく考えなくてもよろしいのではないでしょうか?我が国の愚王様も、一応聖典に名を連ねる神の一人ではございますが、特に神らしい仕事をしているわけではない上、人間としてどうしようもないクズであるにも関わらず、神をしておられるのですから」
「・・・」
そんなキュムラスの言葉に、考えこむ素振りを見せるワルツ。
・・・だが今の彼女は、先ほど自分で言った言葉通りに、神になるかどうかで悩んでいるわけではなかった。
もちろん、宰相が自国の王のことをボロクソに貶して大丈夫か、などと思っているわけでもない。
(ルシアが勇者になったとして・・・それであの子の得になるのかしら・・・)
そう、自分の事ではなく、ルシアのことで悩んでいたのである。
嘗てルシアが語った彼女の夢は、自分が被害者だったこともあって、『世界から戦争を無くしたい』であった。
確かに勇者になれば、直接的に魔族-人間間の争いごとへと関わることになるかもしれないが・・・
(・・・まぁ、そんな単純なワケがないわよね)
どの世界でも、敵を全て倒せば戦争が無くなる・・・なんてことは無いのである。
・・・まさか、敵の国の人々、そしてその人々とつながりのある全ての自国民を皆殺しにして一切の禍根を断つ、というわけにもいかないのだから。
その場合、ユリアやカタリナ、シラヌイだけでなく、彼女達と密接な関係にある仲間たち全員が駆逐の対象になることだろう。
・・・要するに、ルシアの強大な魔力だけに頼った方法では、現実的な方法で彼女の夢を叶えることは不可能なのである。
しかし、こうも思う。
(でも、ルシアにとってはいいチャンスかもしれないのよね・・・)
このまま自分達と一緒にいることが、果たしてルシアのためになるのか。
特に彼女の常軌を逸した魔力量の事を考えるなら、勇者になった方が将来的にメリットが多いのではないか・・・と、ワルツは悩んでいたのだ。
少なくとも、魔女狩りの対象になることは無くなるだろう。
もちろん、メリットだけではないのだが・・・。
すると、
「お姉さま〜?神になられることを悩んで・・・いえ、ルシア様を勇者にさせるべきかどうかを悩んでおられるのですね〜?」
コルテックスが地の喋り方で話しかけてきた。
「えぇ・・・。ルシアはまだ小さいし、私たちが勝手に『勇者になれ』って決めるのもどうかなーって思って」
そんなワルツの言葉に、今度はキュムラスが口を開く。
「・・・ワルツ様はルシア様の事を大切に思われているのですね。・・・では、こういった提案はどうでしょう?」
そして彼は、見た目の歳にそぐわない、老齢の男性のような笑みを見せながら言った。
「ルシア様が成人するまで、この話は凍結し、15歳の誕生日の日にどうするかを決める、というのは?」
「・・・ゆっくり考える時間をくれる、というわけね」
するとキュムラスは首を振る。
「いいえ、そういうわけではないのです。むしろ、我々人間側の者からすれば、ルシア様のように強大な魔力を持っている方が勇者になるのは、とてもありがたい話なのです。それも、今すぐに魔王討伐へ出征していただきたいほどに・・・。ですが、ルシア様が魔神・・・ではないワルツ様の妹君となると話は別です。下手を打って、我々が討伐される側になっても困りますので、ここは慎重に事を進めようかと思ったわけございます」
「あぁ・・・そう」
キュムラスの歯に衣着せぬ物言いに、ジト目を向けるワルツ。
「確かに、勇者になるまで猶予を与えるというのは良い選択肢じゃ。妾たちにとっても、少々性急過ぎた感は否めぬからのう・・・そう、この話は寝耳に水じゃったのじゃ」
黒いベールを被ったテレサもキュムラスの言葉に同意した。
すると、
「・・・あの、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
キュムラスがパチパチと眼を瞬きさせながら、とある疑問を口にしようとする。
・・・だが、
「うん。ダメ。貴方が何を考えているのか、手に取るように分かるけど、この件に関しては説明するのが面倒・・・じゃなくて極秘だから、察してくれると助かるわ」
と、コルテックスとテレサの関係について話すつもりはないワルツは、彼の質問を拒否した。
「・・・左様でございますか。致し方ありません」
一瞬、『面倒』という言葉が聞こえた気がしたキュムラスだったが、質問することを諦めたようである。
「ルシアの件、コルテックスはどう思う?」
「問題の先送りはあまり好ましくはありませんが〜・・・現状の材料だけでは判断できかねますので、キュムラス様の提案に賛成させていただきます」
「そう。・・・一応聞いておくけど、カノープスは?」
「一応、聞いてくれるんだな・・・」
「いや、だって、メルクリオの王でしょ?」
「一時的な、だけどな」
「えっ・・・」
「ちょっ・・・いや、ずっとやれって言うならそれでも良いんだが、その場合は事前に言ってくれよ?」
ワルツの態度から、結局メルクリオの王を長い時間させられるのではないかと思い始めるカノープス。
「・・・」
・・・そんな2人のやり取りを見たキュムラスは、実はワルツによって世界が支配されつつあるんじゃないかと一人懸念するのであった・・・。
「まぁ、それは冗談だけど・・・で、どう思う?」
「そうだな・・・俺個人としては、ルシアのお嬢さんが勇者をやることに賛成だが、本人もその保護者も悩んでるなら、無理にとは言えないな。その辺は、そこのキュムラス宰相と同じと捉えてもらえればいい」
「そう・・・」
そしてワルツは少しの間考えこむ素振りを見せた後、一人納得した様子で頷いてから、口を開いた。
「うん、キュムラスさんの提案を受け入れて、ルシアの成人の日までとりあえず悩むことに決めたわ」
「・・・承知しました」
「・・・こちらも承知だ」
・・・こうしてルシアが勇者になるという話は、対外的には成人の日まで保留する、ということになったのである。
その他、経済連携の話や、情報交換の話、食料問題や技術交流などについて話し合った後。
「・・・ところで・・・」
会議の最後に、キュムラスが徐ろに口を開いた。
「・・・我が国の愚王がどこに行ったか知りませんか?部屋に『先にミッドエデンに行ってる』という書置が残されていたので、てっきり先に来ていると思っていたのですが・・・」
「さぁ・・・知らないわよ?見てないし・・・ま、見たくもないけど。2人は知ってる?」
「知らぬのじゃ。妾も見ておらぬからのう」
ワルツとテレサが首を傾げていると、一人だけ微笑みを浮かべる者がいた。
・・・コルテックスである。
「アルコア様ですね〜?恐らく今頃、転移防止結界と魔力ドレイン結界が張り巡らされた焼却炉の中で、熱処理されているのではないでしょうか〜?」
『は?』
「ただ、それも昨日の話なので、今日辺りは、封印の魔法が掛かった廃棄コンテナの中に、灰と一緒に投棄されていると思いますよ〜。必要ですか〜?」
「いや、あのね、コルテックス。何があったのかは知らないけど、それ・・・拙いんじゃない?」
「いえ、よろしいのです、ワルツ様。これも、愚王の末路なのでしょう・・・」
・・・満面の笑みを浮かべながら、頷くキュムラス。
「・・・そう。じゃぁ、国王が入っているはずの灰をコンテナごと渡すから、持って帰ってもらえる?ぶっちゃけ、蓋を開けた途端に復活とか面倒くさいし・・・」
「かしこまりました」
・・・こうして、エンデルシア国王の遺灰(?)は祖国へと返還されることになったのであった・・・。
あれじゃな〜、テンポの良い文って何じゃろうなぁ〜。
・・・と思う今日このごろなのじゃ。
ところでじゃ。
『愚息』という言葉があるじゃろ?
あの『愚』の意味は『愚かな息子』という意味ではないらしいぞ?
つまり『愚弟』も・・・いや、何でもないのじゃ。
なお、対義語(類義語?)は『愛娘』じゃ。




