14.9-28 遭遇28
「?!」
やばい、来た!誰の目から見ても、ワルツの顔はそう語っているように見えていた。直前までワルツと会話をしていたルシアは、姉の反応を見て、思わず「うーん」と唸ってしまうほどだ。
しかし、ルシアはすぐに考えを改める。姉たちと交わしていた直前の会話の内容を思い出したのだ。
「そうだ!お姉ちゃん!ほら、アステリアちゃんがたくさんいるって思って!」
「ア、アステリアがたくさん、アステリアがたくさん……」
「狐がたくさん、狐がたくさん……うへへ」にへらぁ
「テレサちゃんはちょっと黙ってて!」ガッ
「もふっ?!」
何やら怪しげな表情を浮かべ始めたテレサの顔に、ルシアは自身の尻尾を押しつけた。これで前は見えなくなるので、テレサが余計な事を言ったり、怪しげな行動を取ることは無くなるはず……。そんな予想を立てたらしい。
実際、テレサは、ピクリとも動かなくなったようだ。その様子はまるで銅像。逃げる事も、避けることも出来たはずだが、どういうわけか、彼女はまったく動かない。顔が尻尾で隠れているので表情も不明だ。ただその際、普段は3本しかないはずの彼女の尻尾が、いつの間にか大量に増えていたようだが、彼女の尻尾の数が増減するのはいつものことだったので、そのことを気にする者は誰もいなかったようである。
「仲が良いんですね……」
「えっ?何?」
「いえ、何でもありません」
アステリアの呟きにルシアが反応していると、来客たちに先立って、ポテンティアたちがリビングへとやって来る。
『ちょっと地上まで皆さんの事を送ってきますね』
ジャックとミレニアが、学院に帰るらしい。今から帰れば、ちょうど学院での夕食の準備が整う頃だろうか。
リビングにやってきたポテンティアは、そこにいたワルツに気付いて何かを言おうとするが、ワルツの表情や仕草を見てからは、声を掛けるのをやめることにしたようである。彼女が何故かルシアの陰に隠れていて、上目遣いでポテンティアや、その後ろから来る者たちのことを見ていたからだ。この時、ポテンティアは察したらしい。……ワルツがまた良くない"病気"を発症したのだろう、と。
一方、リビングにやってきた来客者たちも、怯えたように隠れるワルツに気付いて、かなり困惑していたようである。ジャックとミレニアの他、マリアンヌも含めて3人ともが、普段のすこし横柄なワルツの話しぶりを知っていたからだ。
もしや何かあったのではないか……。そんな直感に駆られたのか、委員長気質のミレニアが話しかける。
「ワルツさんがとても怯えているようですが……何かあったのですか?」
その問いかけに、ルシアとアステリアが慌てて返答した。
「だ、大丈夫です!」
「何も無いので放っておいてあげてください」
ルシアたちにはそう口にすることしか出来なかった。下手な事を言えば、ワルツの自尊心を傷付けることになるからだ(?)。
そんな2人の返答に、何か含みがあるように見えたミレニアは、やはりその性格ゆえか、ワルツの事が放っておけなかったようである。
「どう見ても、何も無いようには思えないのですが……」
この委員長はまだ引き下がらないというのか……。ルシアが「ぐぬぬ」と苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、アステリアがワルツの緊張をほぐす方法を必死になって考えていると、2人とは異なる人物から声が上がった。当然、人見知りの激しすぎるワルツ、ではない。
「ミレニア殿とジャック殿よ。『お引き取りください』なのじゃ」
テレサの声だ。それも、魔力の載った声が、ジャックとミレニアを包み込む。
すると——、
「「……帰ります……」」
——2人はワルツから興味を失ったように、その場から立ち去っていった。
その様子を見ていたマリアンヌが、自分の使う魔法と何かよく似ているものでも感じ取ったのか、眉間に皺を寄せた。
「……今の何ですの?」
それに答えたのは、魔法を使ったテレサ——ではなくルシアだった。
「えっと……多分、最強の魔法」
「えっ……?」
「ごめんね。これ以上、言えない。詳しくは本人から聞いて?」
と言って、ルシアは、テレサの顔から自身の尻尾を離したようである。するとそこには——、
「も、もふ……」
——と普段の仏頂面のまま口にして、鼻血を流すテレサの姿が……。どうやら、ルシアの尻尾は、テレサの繊細な鼻の毛細血管には、刺激が強すぎたようである。物理的にも、魔法的にも、あるいは精神的にも。
人は、モフモフしたものに触れると、血圧が高くなって、鼻の毛細血管から出血するような身体のつくりになっておるのじゃ。
決して、興奮したり、喜んだりして、出血したわけではないことを、ここに記しておくのじゃ?




