14.9-20 遭遇20
『こちらです』
村にあった白亜の建物。その、こぢんまりとした四角い家に、ポテンティアはジャックとミレニアを招待した。ワルツたちがハリボテの家と呼んでいる自宅の入り口の家だ。
外から見た家は、決して大きいとは言えなかった。この世界における家としては、一般的なサイズの2階建て。ただ、その家は、まるで一つの岩を切り出して作ったかのようにまったく継ぎ目のない石材で出来ていて、見る者が見れば、気を狂わせてしまう(?)ほど、常軌を逸した作りの建築物だったようである。
ジャックとミレニアとっては、以前、少し離れた場所からその家の姿を見たことがあったものの、中に入る訪問は今回が初めて。少し緊張した面持ちで建物の中へと入ったようである。その際、2人は、鍵付き扉の精巧さに驚き、中のだだっ広いだけの倉庫のような空間に驚き……。
そして——、
『この階段を降ります』
「「え゛っ」」
——家の中心に、ドンと鎮座する下り階段がある事を知って、更に驚いた。小さな下り階段ではなく、5人くらいが横に並んで歩けるくらいに大きな下り階段があるというのは、2人とも想定していなかったのだ。
「家にこんな大きな下り階段があるなんて……。学院みたい……」
「室や地下倉庫って……サイズじゃないな。何があるんだよこの先に……」
『えぇ、もちろん室に続いているわけではありません。さて、なにがあるのでしょうね?』
ポテンティアはそう言って、目を細めたようである。この先で、ジャックとミレニアたちがどんな反応をするのか、少しだけ楽しみだったらしい。
ちなみにそんな彼の隣には、事情を知っているマリアンヌもいたのだが、彼女もジャックとミレニアたちの反応を、静かに観察していたようである。彼女もまた、2人がどんな反応をするのか、興味があったらしい。
それから、ポテンティアとマリアンヌが下り階段を先に歩き、その後ろをジャックとミレニアが付いてくる。
「なんだろ……この階段。奥の方から風が吹いてくる……」
「地下なのに不思議だな……。どこかに繋がってるのか?」
2人の疑問に、ポテンティアは答えない。彼はマリアンヌのことを気遣いながら、ゆっくりと階段を下っていった。
そんなポテンティアの後ろ姿を、ミレニアは不満そうに眺めていたようである。ポテンティアがマリアンヌに対し、すこし優しすぎるのではないかと思ったらしい。マリアンヌのその立ち位置は、本来自分の立ち位置だ——と思ったかどうかは定かでないが、ミレニアは頬を膨らませていたようだ。
ただまぁ、そんな彼女の表情も、階段を28段ほど降りて、折り返したところで、がらりと変わることになったのだが。
「えっ……ちょっ……ええっ?!嘘でしょ?!」
「おいおいおい!地下だよな?!ここ!!」
階段の先に見えてきた空間を見て、ジャックとミレニアは、唖然や呆然といったものを通り越して、混乱を始めた。2人は見てしまったのだ。村の地下に広がる大空間。地底まで数百メートルはあるジオフロントとも言うべき空間を。
そんな2人の前を歩いていたポテンティアは、48段目の階段を降りきった先にあった踊り場でくるりと後ろを振り向くと、そこで恭しく挨拶の言葉を口にした。
『ようこそ、お二人とも。我が家へ。まぁ、まだ玄関に過ぎませんが』
そう言って歓迎するポテンティアの言葉は、しかしジャックとミレニアには届いていない。2人とも、近くの手すりに手を置いて、そこから見える景色に釘付けになっていたからだ
地下を流れる川や、その周囲に建てられた家々、そして青々とした畑や花畑。さらに極めつけは、空中に浮かぶ偽りの太陽……。まるで天国から楽園を切り取って、地下に隠したかのような景色を前に、ジャックとミレニアの2人は、目を輝かせたまま、しばらくの間、言葉を失ったのである。
そんな2人の姿をマリアンヌと共に眺めながら、ポテンティアが1言。
『人を驚かせるのなら、やはり感動する景色や物事を見せて、驚かせたいものですね』
ポテンティアのその言葉に、マリアンヌは口を開けて何かを答えようとしたようだが、彼女の言葉はそのまま空気に溶けて……。マリアンヌは何かを思い詰めるかのように、地面に目を伏せたようである。どうやら彼女には、今のポテンティアの言葉に返答する適切な言葉が見つけられなかったようだ。




