14.9-15 遭遇15
「さて……」
マリアンヌの話を聞きながら食事を終えた頃。ワルツは改まった様子で、話を切り替えた。
「これから貴女の事をギルムの町に戻そうと思うのだけれど……」
もう、マリアンヌが帰るべき家は存在しないかもしれない……。ワルツはポテンティアから受けた報告を、マリアンヌに伝えようとした。
ところがその前に、マリアンヌが——、
ガタッ!
——と立ち上がる。
彼女の突然の行動に、ワルツがビクゥと驚いていると、マリアンヌは真剣な表情を浮かべながら、こんなことを言い出した。
「わ、私も、できればここに住まわせて欲しいのです!」
「「「「『……えっ』」」」」
「ここで食べたお食事は、とっても美味しくて、もう、元の食事には戻れる気がしませんの。それに、元々、ギルムの町は、私の帰るべき場所ではありませんでしたし、本当に帰る場所は……ポテ様に壊されてしまいましたから……。。お城を襲ったあの黒い虫のようなものは、ポテ様なのですわよね?」
「えっ……ちょっ、どういうこと?!ポテンティア」
エムリンザ帝国で生じた事件を知らなかったワルツは、ポテンティアへと問いかけた。ワルツが知っているのは、エムリンザ帝国が滅びそうなくらいの大打撃を受けたという報告だけ。その具体的な内容も聞いていなければ、ポテンティアがマリアンヌの帰るべき場所を奪い去ったという話も聞いていなかったのである。
対するポテンティアは、『あれ?言っていませんでしたっけ?』と、首を傾げた後。自分がエムリンザ帝国で何をしたのか説明する。
『エムリンザ帝国の首都にある宮廷を更地に変えたのです。ついでに、服や財産なども、すべて無かったことにさせていただきました。エムリンザ帝国の方々がジョセフィーヌ様からすべてを奪い取ったようなものなのですから、同じように奪い去ったのです』
「それって、エムリンザ帝国がやってっていう証拠は……あぁ、貴方ならどこにでも入り込めるから、調べ放題だったのね……」
ポテンティアの説明を聞いたワルツは、納得した様子だった。虫の姿に変身できるポテンティアなら、どんな些細な事でも調べられると考え至ったらしい。
一方でマリアンヌは、不安で仕方がなかったようである。彼女はワルツたちに対して、ひとつ大きな隠し事をしているからだ。……自分がレストフェン大公国内部で反乱を引き起こさせて、大公ジョセフィーヌのことを公都から追い出した黒幕である、という隠し事を。
ワルツとポテンティアは、いつ、その話題に触れるのだろうか……。マリアンヌは手に汗を握り、ゴクリと唾を飲み込んだ。
しかし、事情を知っているはずのポテンティアは——、
『えぇ、そいうことなのです。ですから、マリアンヌ様は帰る家がありません』
——マリアンヌがしてきた行動について、結局、触れる事はなかった。
何故、彼は、核心に触れようとしないのか……。もしかして、既に打ち明け済みなのか……。あるいは、何か別の理由でもあるのか……。マリアンヌがポテンティアの考えを推測しようとしていると、彼女はワルツに呼びかけられてしまい、思考を停止せざるを得なくなる。
「災難だったわね。貴女」
「え、えっと……」
「あんな黒い虫に襲われて、怖かったでしょうに……」
「そ、それは……」
「……良いわ。この家にいても。でも、それなりに働いて貰うことになるから、その点だけは覚悟しておいてね?」
「は、はい……」
トントン拍子で滞在の許可を得られたことで、マリアンヌは嬉しさ半分、戸惑い半分の表情を浮かべていて、なんとも複雑そうな様子だった。自分がしたことを隠すという一種の"爆弾"を抱えたまま、ワルツたちと一緒に暮らすことになっても良いかと、悩んでいたようである。
しかし、半端ながらも肯定の言葉を口にした今、マリアンヌは後戻りする道を失ってしまっていた。ゆえに、彼女は腹をくくる。
「よ、よろしくお願いいたします!」
あとでポテンティアに理由を聞こう……。マリアンヌはそう自分に言い聞かせると、他人から見て、できるだけ嬉しそうに見える笑みを浮かべたのである。




