14.9-13 遭遇13
テレサの食事を食べたマリアンヌの反応は、何とも表現しがたい複雑そうなものだった。目は見開いていて、何かを言いたげではあったものの、素直に内心を吐露することができない——そんな様子だ。正体が魔女とは言え、これまで短くない時間を第一皇女として過ごしてきたためか、皆の前で驚きを率直に出すというのは、忌避感を覚える行動だったようである。まぁ、その割には、ポテンティアが用意した朝食に対しては、素直に感動していたようだが。
「……美味しいですわ」
苦悩の中からマリアンヌが絞り出した感想は、その一言に集約されていた。荒れ狂うかのような心の声を整理して一言で言うと、美味しい、という言葉でしか表現できなかったらしい。
「それは良かったのじゃ」ぞわぞわ
テレサはマリアンヌの感想を聞いて、こそばゆかったのか、それともベアトリクスのことを思い出したのか……。椅子から垂らした尻尾をゾワゾワと膨らませる。
マリアンヌの他、アステリアも、グラタンを食べるのは初めてだった。ただ、彼女は元々猫舌だったこともあり、熱々のグラタンを、とても警戒しながら食べていたようである。猫舌だったこと以外にも、口の周り生えている毛にチーズが付着してしまったり、慣れない箸で掴むご飯粒が食べにくそうだったりと、彼女がグラタンを食べる姿はとても大変そうだった。ただ、本人の表情がキラキラと輝いているところを見るに、彼女もグラタンを美味しく食べていたと言えるだろう。
そんな中。ワルツには、とても気になっている人物がいたようである。ただしマリアンヌのことではない。
「ポテンティアさ……。その食べた食事って、どこに消えていくわけ?消化してるの?貴方、胃袋なんて無いわよね?」
ポテンティアはマイクロマシンの集合体。つまり、食べた食事を消化出来ないはずだったのである。
マイクロマシンのエネルギー源は、ミリ波の電波を使った無線電力伝送のはず……。彼のマイクロマシンを作った本人であるがゆえに、疑問に思えて仕方がなかったワルツは、眉を顰めながらポテンティアへと問いかけた。
するとポテンティアは、いったい何を言っているのか、と言わんばかりに首を傾げながら、こう答えた。
『そういえば、どこに消えていってるんでしょうね?』
どうやら彼も分かっていないらしい。
「身体を分解して別の形になっちゃったら、食べたものが外に漏れちゃうわよね?」
ワルツがそう口にすると、グラタンを上品に食べていたマリアンヌが、ムッ、と顔を顰める。彼女にはポテンティアが変形する様子を想像したようで、食事中に交わす会話だとは思えなかったらしい。
ちなみに、他のメンバーに、不快になった様子の人物はいない。こう言った話題には敏感なはずのルシアも、テレサの発言でなければ問題は無いらしく、姉の言葉に「たしかに……」と頷いていたようである。アステリアの場合は、ワルツの発言がそもそもよく分からなかったのか、首を傾げていたようである。なお、テレサの場合は、興味が無かったのか、完全に無反応である。
気にしていないのはポテンティアも同じで、彼はマリアンヌの反応を気にする事なく、自身の考えを口にした。
『多分、口に入った後で、異空間に消えているんだと思います』
「そんなわけ——って言い切れないのがこの世界なのよね……」
ルシアが転移魔法を使えるように、あるいはアステリアが空間魔法を使えるように、ポテンティアの体内でも空間制御系の魔法が働いているのではないか……。そんなポテンティアの推測に、ワルツは反論できなかった。ポテンティアをバラバラに解体すれば、詳細を調べることは出来るかも知れないが、流石にそこまでして知りたいとは思わなかったようである。
その代わりと言うべきか、ワルツは別の疑問をポテンティアへとぶつける事になる。
「っていうか、そもそもの話、貴方にご飯の味なんて分かるの?」
『当然じゃないですかー。僕にだって、ご飯の味くらい分かりますよ。マイクロマシンの集合体ですけど、ちゃんと五感はありますので。まぁ、血は流れていないですけどねー』
「ほんと、謎よね……」
ポテンティアにしても、エネルギアにしても、マイクロマシンたちはいったいどういう身体の構造をしているのか……。ワルツは悶々と考えながら、昼食のグラタンを口に運んだようだ。
……なお、テレサやポテンティアなどは、逆にワルツの身体の構造の方が気になって仕方がなかったようだが、彼女たちは昼食の場の空気を読んでか、その疑問を口にすることはなかったようだ。




