14.9-11 遭遇11
『というわけで——』くるり『誤解は解けたと思いますので、マリアンヌさんの方からも自己紹介をお願いできますか?』
ポテンティアは、くるりと回った。すると、彼女の姿が男子学生の姿に戻る。
その様子を前に、再び目を丸くしていたマリアンヌだったものの、ポテンティアという人物に対して徐々に耐性がつきつつあったためか、彼女は少し遅れて自己紹介を始めた。
「……わ、私の名は、マリアンヌ=ローゼハルト。ご存じかも知れませんけれど、レストフェン大公国の南にあるエムリンザ帝国の第一皇女をしております。マリアンヌでも、マリアでも、呼びやすい呼び方で呼んで下さいまし」
「「「えっ……」」」
マリアンヌの自己紹介を聞いて、今度はワルツたちの方が固まる。ギルムの町の公爵家に関係する令嬢かと思っていたら、隣国のリアルなお姫様だったからだ。とはいえ、この家の中にはリアル王女がもう一人いたためか、彼女たちの驚きはそれほど長くは継続しなかったようだが。
そして、マリアンヌはとても言い難そうに目を伏せながら、もう一言、自己紹介を追加した。
「……というのは表の顔で、本当は魔女ですわ?」
その瞬間のマリアンヌは、とても厳しそうな表情を浮かべていた。他人に自分の正体を明かすというのは、ポテンティアに次いで、これが2回目。ワルツたちからどんな反応が飛んでくるのかと、彼女は思わず身構えてしまったのだ。
ところが、彼女の懸念とは裏腹に、ワルツたちの反応は酷く薄い。特にワルツとルシアは「「ふーん」」と大した関心を寄せていない様子。アステリアの場合は、そもそも"魔女"という存在を知らなかったのか、首を傾げているようだった。
それを見たマリアンヌは、完全に拍子抜けだったらしく、自分の説明が悪かったのだろうかと疑問に思ったようだ。そんな彼女の視線が、ポテンティアの方を向く。
対するポテンティアは、マリアンヌの言いたいことが分かったのか、頬をポリポリと指で掻きながら、マリアンヌに対してこう答えた。
『実は僕たち、知り合いに魔女さんがたくさんいるのです。というか、ワルツ様もルシアちゃんも、かつては魔女と間違えられて教会に追われた身で、マリアンヌさんが魔女だと明かされても、特に何も思わないのですよ』
「そ、そうでしたの?!」
『えぇ。エムリンザ帝国の第一皇女様が魔女であろうとなかろうと、僕たちにとっては大きなニュースではないのです。ですから、マリアンヌさんの正体が魔女だからといって何か問題が起こるということはあり得ないので、あまり気になさらないでください。あ、もちろん、この家の中だけの話ですけれどね?』
念のためそんな忠告を口にするポテンティアを前にしても、マリアンヌの表情は明るいままだった。同居人に対して正体を隠す事なく接する事が出来るというのは、マリアンヌにとっては初めてのことだったのだ。
「そうでしたのね……」
あと、ワルツたちに明かしていないことは、権力を振りかざすことでレストフェン大公国を裏から操り、国を混乱に陥れたということだけ……。この自己紹介で明かすべきか否か、マリアンヌは考え込んだようである。
そんな彼女の思考を読んだのか、ポテンティアが口を挟む。
『えぇ。ですが、彼女たちのことを、魔法で操ろうとしてはダメですからね?ワルツ様には魔法の類いは効きませんし——」
「えっ」
「ルシアちゃんやアステリアさんを操ろうとすると……おっと、良い匂いがしてきましたね』
「……?」
ポテンティアは一体、何を言おうとしていたのか……。マリアンヌは気になったようだが、彼女の鼻孔にも香ばしい匂いが漂ってきたためか、彼女もポテンティアと同じく、思考を停止して、匂いに意識を集中させた。
すると、部屋の片隅にあった食卓の上に、何やら湯気が立つ料理を置く人物が現れる。テレサだ。彼女は、部屋の奥の方にあったキッチンから6人分の料理——ホッカホカのチーズグラタンを運んできて、机の上に並べているところだった。
そんな彼女が一人黙々と準備を進めている様子を見て、マリアンヌが首を傾げた。
「あの方は……召使いの方ですか?」
「いえ、違います。彼女は海の国の向こう側にあるミッドエデンという国の元王女様です」
「……えっ」
その瞬間、マリアンヌは変な誤解をしてしまう。……もしや、この家では、王女たちが集められて、下働きをさせられているのではないか、と。マリアンヌ自身も皇女という立場にあるがゆえに、誰にも手伝ってもらえずに料理と配膳を行うテレサには、色々と考えさせられることがあったようである。
なお、テレサが1人で料理をしているのはちゃんとした理由があってのことだ。ワルツたちから虐められているわけでは、たぶんない。




