14.9-07 遭遇7
そして昼近くになった頃。ワルツたちが自宅へと戻ってくる。そんな彼女たちの表情が晴れやかだったのは、テストの結果が良かったためか。
そんなメンバーの内、ワルツは、リビングのソファーに向かって鞄を放り投げると、そのまま2階へと上がっていく。彼女の意識は、もはやテストの結果には無く、自宅で保護しているマリアンヌへと向けられていたらしい。
正確に言うなら、ワルツはマリアンヌのことを気にしていたのではなく、ポテンティアとマリアンヌを2人だけ家に放置していた事を気にしていたと言うべきかもしれない。ポテンティアの正体はマイクロマシン。しかも、普段はカサカサと動く昆虫の真似をしているのだから、マリアンヌがポテンティアに対して忌避感を抱き、大変なことになっていないとも言い切れなかったのだ。
「(碌でもないことになっていなければ良いんだけど……)」
一抹の不安を覚えながら、ワルツは客間の扉をノックした。
コンコンコン……
『はい、どうぞ?』
ポテンティアの声が聞こえたので、ワルツは部屋の扉を開けて、中へと入った。
するとそこには——、
「……え゛っ」
——ワルツにとって、思わず変な声を上げてしまうような光景が広がっていたようだ。
「ど、どういう状況よ……それ……」
ワルツが見たもの。それは、マリアンヌがポテンティアを抱き枕にして眠っている光景だった。それも、黒光りする巨大な昆虫の姿をしたポテンティアを抱いているという意味不明な状況だ。
対するポテンティアは、スルリスルリと身体を変形させ、マリアンヌの腕から逃れると、ベッドの外で人の姿を形作り……。そして、ワルツに対し弁明する。
『いやはや、僕にもよく分からないのです。なぜかマリアンヌさんが、僕のことをもっと知りたいなどと仰られて、色々とご説明している内に、昆虫の姿の僕にも慣れておきたいなどと仰いましてね?仕方がないので、大きな虫の姿になっていたら、いつの間にかマリアンヌさんが、僕の手を握ったまま眠られて……。それで、手を離して逃げようと思ったら、寝ぼけて抱きつかれて、結果的に抱き枕になっていた、という次第なのです』
「まったくもって意味不明ね……。そういう不純なことをするなら、家の外でしてほしいのだけれど?」
『いえ、誤解です。むしろ、とばっちりを受けたのは、僕の方です』
ポテンティアは首を振って、溜息を吐いた。
対するワルツは、すぐにポテンティアのことを信じず、しばらく彼に向かってジト目を向けていたようである。ただ、マリアンヌの寝顔がとても幸せそうだったこともあり……。ワルツも諦めたかのように溜息を吐くと、ポテンティアの説明を受け入れることにしたようだ。
「……まぁ、いいわ。で、どうなの?そのお姫様……マリアンヌって名前だったっけ?彼女の容態は」
当初の予定では、マリアンヌが目を覚ましたら、彼女を元いた場所——ギルムの町の路地裏に戻すはずだった。ポテンティアの説明を聞く限り、マリアンヌの容態に問題は無いのだから、彼女のことを起こして、すぐにギルムの町に戻すべきなのではないか……。それがワルツの考えだった。
対するポテンティアは、ワルツの問いかけに険しそうな表情を浮かべる。
『まだ、体調は万全ではなさそうです。少し目を離したときに、何度か気を失っていたようですし……』
「……それ、貴方のGスタイルを見たからじゃないの?」
『Gスタイル?ちょっとワルツ様が何を仰っているのか分かりませんが、マリアンヌさんは僕が原因で気を失っていた訳ではありません。それは断言出来ます』
「まぁ、最終的には、抱き枕にしているくらいだし、慣れたのかも知れないけれど……」
その状態に至るまでは、血が滲むような努力があったのではないか……。そんな事を考えながらマリアンヌのことを見たワルツの目には、マリアンヌの健やかな寝顔が、無事に戦いを終えた戦士が疲れ果てて眠っているような表情に見えてならなかったようである。
「じゃぁ、マリアンヌのことを元の場所に返すのは、まだ先って事ね?」
ワルツがそう問いかけると、ポテンティアは不思議そうな表情を浮かべた。
『えっ?マリアンヌさんをギルムの町に帰すのですか?』
「えっ?そういう話じゃなかったっけ?」
『それは……』
そこでポテンティアは何故か言い淀んだ。彼の頭の中では、ワルツの認識と大きく異なる何かが発生していたようである。




