14.9-06 遭遇6
「お、おいしい……。とても美味しいですわ……」
『えぇ、そうでしょうとも。出汁一つ取るのに、何時間も掛けましたからね。では次に、こちらなんてどうでしょう?だし巻き玉子という料理なのですが……』すっ
「えぇ、頂きますわ」ぱくっ「んなっ?!なんて……おいしさなの……。こんなお食事がこの世界にあったなんて……!」
マリアンヌが渋々ながら、ポテンティアに渋々食事を食べさせられ始めてから数十秒後。彼女はすっかり、ポテンティアの料理の虜になっていた。魔物が強すぎる(?)ために、農業も酪農もあまり発達していないこの大陸においては、必然的に料理も発達しておらず……。複雑で繊細な日本食というのは、マリアンヌにとって、まさに異次元レベルの料理だったのである。
そんな彼女は、いつの間にか、ポテンティアが箸で運んでくる料理を待ち望むようになっていたようだ。当初は、なんでこんなことになってしまったのだろう、と戸惑っていたというのに。
そして、今。マリアンヌは、ポテンティアの少し強引ながらも、自分の事を気遣ってくれているその行動に、少しだけ心を開きかけていたようだ。それゆえか、彼女は、ポテンティアのだし巻き玉子を咀嚼しながら、頭の中でこんなことを考えていた。
「(もしかして、私の魔香の効果が今になって出てきた……?)」
匂いを使った魔法によって、ただの魔女から一国の王女にまで上り詰めたマリアンヌは、ポテンティアにも臭気魔法——もとい魔香の効果が出ているのではないかと思ったようだ。彼女は目を覚ましてからというものずっと、ポテンティアのことを籠絡しようとして、臭気魔法を行使していたからである。とはいえ、その効果らしきものは、まったくと言って良いほど見えていなかったのだが。
そんな彼女には、疑問に思えることがあったらしい。
「(魔香は相手にしか効かないはず……。でも、私の心の中にあるこれは……一体何?)」
今までマリアンヌは、魔香の効果を受けて自分の言いなりになった人々になら、心を開いたことがあった。どんな事を言っても、どんなことをしても、敵になる事はないからだ。
しかし、ポテンティアは、魔香の効果を受けているのか、いないのか、よく分からないというのに、マリアンヌは彼と話をしている内に、心の奥底から、じんわりと何か温かいものが滲み出てきているのを感じ取っていたようである。ゆえに、魔法を使わずに人間関係を構築したことが無かったマリアンヌは、その初めての感覚を前に困惑していたのだ。
「(何なのこれ……)」
そんなことを考えながら、マリアンヌが難しそうな表情を浮かべていると、ポテンティアが心配そうな表情を浮かべながら、上目遣いで彼女の顔を覗き込む。
ポテンティアの今の身長は、マリアンヌよりも頭一つ分ほど小さかった。それゆえか、マリアンヌからすれば、小柄なポテンティアは、まるで小動物、あるいは弟のようで……。彼が顔を覗き込んでくるという状況には、何か考えさせられるものがあったようである。
『あの……もしかして口に合わなかったですか?』
「い、いえっ!ち、違うわ?ちょっと考え事をしていただけで……」かぁっ
『……?そうですか……。ですが、顔色もすこし赤いようですし、食事を食べたらお休みになられた方が良さそうですね。まだ食べられますか?』
「是非!」
『食欲はありそうですね』
ポテンティアはそう言って涼しげな笑みを浮かべながら、マリアンヌの口へと食事を運んだ。対するマリアンヌも美味しそうに食事を食べて……。あっという間に、朝食のすべてが、マリアンヌの口の中へと消えてしまう。
「もう……お終いなのですわね……」
『もっと食べたかったですか?ですが、体調が良さそうではないので、無理は良くないと思います。先ほどからマリアンヌさんは、顔を真っ赤にしておりますし、脈拍も少々早いようです』
「みゃ、脈拍?!」かぁっ
『まだ、身体が全快していないのでしょう。お休みになってください』
ポテンティアはそう言って、空の食器が入ったお盆を持ち上げると、部屋から出て行こうとした。
そして、彼がドアの取っ手に手を掛けた時。マリアンヌはポテンティアのことを——、
「あ、あの……もしよろしければ……」
——どういうわけか呼び止めたのである。つい先ほどまで、彼に対し、忌避感すら覚えていたというのに。




