14.9-03 遭遇3
気絶したマリアンヌのことを、ポテンティアがベッドまで運んだ後。間もなくして、2人がいた部屋に、ワルツがやってきた。
「ポテンティア?お姫様は起きてた?」
ワルツはもしかすると、バタバタとした音でも聞いていたのかも知れない。
対する、ポテンティアは、小さな手のひらを上に向けながら首を振る。
『いえ、残念ながら、また眠ってしまったようです』
「また眠った……?っていうか、ポテンティア。貴方、そもそもなんで虫の姿になっているのよ。たしか、さっきまで人の姿をしていたわよね?」
『えぇ。正体を明かしたのですよ。一応、この家に滞在する以上、僕の姿を知って頂かなければ色々と不都合が出ると思いまして』
「いや、それって、貴方がずっと人の姿のままでいればいいだけの話じゃない……」
『この姿は僕のアイデンティティー。曲げるわけにはいきません!』
「あぁ、そう……。でもさ……、それをアイデンティティーと言うなら、世界樹にもいたわよね?貴方みたいな見た目の黒い昆虫たち」
『?!』
どうやら、ポテンティアは、黒い虫の姿でいるだけでは、自分だけのアイデンティティーにはならないことを察したらしい。
結果、無数のポテンティアが、虫の姿のまま頭を抱えて蹲っていると、ワルツが質問を追加する。
「それで……もしかしてお姫様は、貴方のその姿を見て、ショックで気絶してしまった、ってことかしら?」
『……多分』
「はぁ……。私たちが学校に行く前に、彼女が目を覚ましていたら町に戻そうと思っていたけど、現状、無理そうね……。ポテンティア?あとは任せるわよ?ちゃんと責任取ってあげてよね?代わりに貴方のテストの結果、貰っておくから」
ワルツはそう言って、「いっけなーい!遅刻遅刻!」などと口走りながら部屋から出ていった。なお、今日はテストの返却しか無いはずなので、登校時間は明確に決まっていなかったりする。
一方、取り残されたポテンティアは、『困ったなぁ……』と言いながら途方に暮れていたようだ。彼の計画では、マリアンヌが気絶するという展開は予想出来ていなかったからだ。
ゆえに、このまま虫の姿のままでいると、マリアンヌと会話が成立しないと思ったのか、ポテンティアは再び人の姿に戻った。
それから数十秒後。
「うぅ……」
マリアンヌが目を覚ます。
再び目を開けたマリアンヌは、ポテンティアのことを、輝きの無い瞳で見つめたようである。どうやら今回ばかりは、意識を失っても記憶までは失わなかったらしい。
『お身体は大丈夫ですか?』
ポテンティアが問いかけると、マリアンヌは至極具合の悪そうな声色で返答する。
「……はい」
『急に意識を失われたので、何事かと思って心配しましたよ』
「…………」
『さて。では朝食……の前に1つだけ教えてください。……あなたは何故、この国、レストフェン大公国を裏から操ろうとしたのですか?』
ここまでボンヤリとした受け答えしかしなかったマリアンヌが目を見開く。
「んなっ?!ど、どうして——」
『どうしてそのことを知っているのか、と聞きたいのでしょうか?当然です。僕はどこにでもいるのですから。この周辺の森の中にも、学院の中にも、公都の中にも、そしてエムリンザ帝国の中にも』かさかさ
そう言ってニッコリと笑みを浮かべるポテンティアの頬が不自然に蠢く。ポテンティアの身体を形作るマイクロマシンたちが、一瞬だけ無数の虫を形作ったのだ。
マリアンヌはその光景に白目を剥いて、どこか遠い世界に旅立ちそうになったようだが、ポテンティアがすぐに元に戻ったせいか、気を失うには至らなかったようである。
ただ、ポテンティアと会話を交わすに従い、彼女の目からは次第に生気が抜け……。終いには、まるでゾンビのような雰囲気さえ漂わせていたようだが。




