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14.9-02 遭遇2

 地面に張り付き、床材をマジマジと観察していたマリアンヌを前に、ポテンティアはなんと声を掛けて良いのか分からなかった。しかも、今のマリアンヌはパジャマ姿。そしてポテンティアは少年の姿。状況的には、ポテンティアが、マリアンヌの部屋に同意なく侵入しているとも言えたので、余計に掛ける言葉が見つからなかったのである。


 対するマリアンヌも、ポテンティアと目が合った瞬間こそ、取り乱して何と言えば良いのか分からなくなり、頭が真っ白になっていたようだ。だが、状況的に口にすべき言葉は決まっていたためか、彼女は何事も無かったかのように床に座り直すと、その口を開いてこう言った。


「……あなたは何者です!私を誘拐したのですか?!」


 見知らぬ部屋、見知らぬ景色、見知らぬ人物。どう考えても、自分は正常な状態には無い……。そう考えたマリアンヌの思考は、一つの結論に辿り付いたようだ。……自分は誘拐されたのだ、と。


 マリアンヌのその言葉に、ポテンティアは『んー』と腕を組ながら考える。現状のマリアンヌがどういう状況にあるのかを考えたのだ。


『……まぁ、落ち着いてください。順を追って説明します』


 単に誘拐だと説明すると話が拗れると思ったのか、ポテンティアは状況を説明することにしたようだ。マリアンヌの方も、ポテンティアの話を聞かないという選択肢は無いと思ったらしく、彼に対し最大限の警戒心を持ちながらも耳を傾けた。


『まず、あなたはギルムの町で、路地を駆けていました』


「えぇ、覚えていますわ」


『その際、あなたは、兵士たちに追われていたのです』


「それは…………そうね。確かに追われていましたわね」


『そしてあなたは、僕の仲間にぶつかって倒れ、意識を失ってしまったのです』


「えっ……」


『意識の無いあなたを兵士に渡すか、それとも放置するかで悩みましたが、放置するというのは危険なので、とりあえず訳ありだと判断し、保護いたしました』


「…………」


『そして今に至る、と』


 ポテンティアの話を聞いたマリアンヌは、何かを言いたげだったようである。彼女は、別に兵士から逃げていたわけではないので、そのまま追ってきた兵士に引き渡してもらえれば良かった、と考えたのだ。


 ただ、その一方で、マリアンヌは、ポテンティアの立場についても、理解していたようである。……もしも目の前の少年(ポテンティア)が、兵士たちに意識の無い自分の事を引き渡していたなら、自分に暴行を加えた犯人だと疑われて、面倒なことになっていたのではないか、と。そのことを加味すると、マリアンヌにも、自分の事を匿ったというポテンティアの選択は、最良だったのではないかと思えたようである。


 しかし、マリアンヌは、手放しでポテンティアのことを信じるわけにはいかなかったようである。この家の作り、外の景色が、あまりに異常だったからだ。


「なるほど……。では、もう一つ教えてくださいまし。あなたは一体、何者なのです?」


 ポテンティアを信じるか否かは、その回答を聞いてから決める……。マリアンヌはそう決めて、少年の返答を待った。


 対するポテンティアは、背筋を正して、恭しく挨拶を始める。


『これはご紹介が遅れまして、申し訳ございませんでした。僕の名前はポテンティア。見ての通り、レストフェン大公国の中央魔法学院で学生をしております』


 そう口にするポテンティアの服装は、レストフェン大公国の国民なら誰でも知っている学生服だった。敢えて口にせずとも、服を着ているだけで自己紹介をしていると言えた。


 にもかかわらず、ポテンティアはこんな言葉を追加する。


『あ、もしかして、この服をご存じ無かったでしょうか?』


 対するマリアンヌは、首を横に振って、こう答える。


「いえ、知っていますわ?……とても良く、ね。何故そのようなことを聞いたのです?」


 わざわざ学生服のことを取り上げて聞く必要などあるのか……。マリアンヌがそんな疑問を抱いて首を傾げると、ポテンティアはまったく表情を変えず、こう言った。


『もしかしたらご存じないかも知れないと思ったのですよ。……エムリンザ帝国の第一皇女、マリアンヌ様』


「んなっ?!何故——」


『何故知っているか?まぁ、有名ですからね。それに、何度かお会いした事もありますし……』


 その瞬間だった。ポテンティアの苦笑が崩れたのは。そう、彼の顔が文字通りに崩れたのだ。続いて、彼の身体も崩れていく。


 突然、崩壊を始めたポテンティアを前に、マリアンヌは何が起こったのか受け入れられず呆然として固まっていた。しかし、彼女はすぐに顔を青ざめさせる。なにしろそこにいたのは、カサカサと蠢く、大量の虫たちだったからだ。


「ひうっ?!」


『これは驚かせてしまったようですね。実は僕、もう一つ肩書きがあるのですよ。……ミッドエデン共和国エネルギア級空中戦艦第三番艦、という肩書きがね。まぁ、何を言っているのか分からないと思いますけど……』


 そう言って昆虫の姿で頭を掻くポテンティア。というのも——、


「うっ……」バタッ


——自己紹介をしている内に、マリアンヌが目を回し、再び気絶してしまったからである。


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